犬とハモニカ

空港の国際線到着ロビーを舞台に、渦のように生まれるドラマを、軽やかにすくい取り、「人生の意味を感得させる」、「偶然のぬくもりが、ながく心に残った」などと激賞された、川端賞受賞作。恋の始まりと終わり、その思いがけなさを鮮やかに描く「寝室」など、美しい文章で、なつかしく色濃い時間を切り取る魅惑の6篇。「BOOK」データベースより)

全部で六編の短編からなる短編小説集で、表題作の「犬とハモニカ」は川端康成文学賞を受賞しています。

「犬とハモニカ」 飛行機の中から空港の到着ロビーへと移り変わるいくつかの場面のそれぞれで語り手が変わるという多視点の物語で、川端康成文学賞を受賞した作品です。

当たり前のことですが、人はみな各々に異なる人生があって、それぞれに異なる生活を営み、そして生きています。その生活の一つの場面を切り取っただけの、何のイベントも事件も起きない、作者の文章の力だけで読ませる物語です。

普段エンタメ小説を好んで読み、小説を軽く読み飛ばしている私のような人間には、こうした文学性の高い小説には、若干の取りつきにくさと、じっくりと構えさせられることへの違和感を感じます。しかしながら、心地よいひとときであることもまた認めざるを得ないようです。

「寝室」 女に振られた男が、夜中家に帰り改めて見た妻の寝姿に圧倒的な新鮮さを感じるという物語。

私は同じ男ですが、この男の心情に対し、推し量ることのできないもどかしさを感じます。男が女に振られ、その直後に裏切っていた妻に対し新鮮さを感じるものなのか。男が妻に対し感じた「新鮮さ」は、単に見知らぬ女という意味合いしかないのでしょうか。

「おそ夏のゆうぐれ」 女は、差し出された男の皮膚を食べてしまう自分がいて、男にとらわれてしまっている自分を見つめなおします。おそ夏のゆうぐれに見かけた少女に幼き自分を見出し、孤独である自分を確認するのです。

チョコレートの景品の冊子に書いた作品だそうです。チョコレートをテーマとして、このような物語を紡ぎだす作家に脱帽するばかりです。私が一番しっくりきた作品でもありました。

「ピクニック」 妻はピクニックを趣味とし、夫はそうした趣味を持つ妻に違和感を感じています。この夫婦は何故夫婦でいるのでしょう。

発せられる言葉さえも空虚としか感ぜず、互いに相手を異物としか感じない夫婦。
よく分からない物語でした。

「夕顔」 六人の作家による源氏物語の現代語訳の競作という「新潮」の企画での一編だそうです。

恥ずかしながら、私にとって初めての源氏物語でもありました。「夕顔」というタイトルだけは知っていましたが、このような恐怖小説めいた物語だったとは驚きでした。

この短編はほとんど原文のままであることにまた驚いたのですが、原文のニュアンスをそのまま現代語に移すその作業こそが作者の力量なのでしょう。

「アレンテージョ」 ポルトガルの、とあるホテルに宿泊しているゲイのカップルを描いた物語です。

この物語は実際に取材無くして書くことはできなかったそうです。このカップルのありようを、ただ時の流れのままに、ポルトガルのある村の風景と共に描き出してあります。

先にも述べたように、この手の文学性の高い物語は私の手に余るものがあります。作者の言いたいことを読みとる力が読者である私に無いため、戸惑いばかり感じてしまいます。