名もなき日々を 髪結い伊三次捕物余話

絵師を目指す伊三次の息子・伊与太は新進気鋭の歌川国直に弟子入りが叶い、ますます修業に身が入る。だが、伊与太が想いを寄せる八丁堀同心・不破友之進の娘・茜は、奉公先の松前藩の若君から好意を持たれたことで、藩の権力争いに巻き込まれていく。伊与太の妹・お吉も女髪結いの修業を始め、若者たちが新たな転機を迎える。(「BOOK」データベースより)

 

髪結い伊三次捕物余話シリーズの十二作目です。

 

伊三次とお文の子、伊与太やその妹お吉らも自らの生き方を見つめ、問い直す時期に来ています。

不破家と見れば、不破友之進の息子龍之進も友之進の後を継いで同心職に就き、早々に失策を犯したり、茜は松前藩の別式女として奉公しています。

 

当たり前のことではありますが、伊三次とお文が中心として展開していたこのシリーズも、数作前から伊三次と友之進それぞれの家庭の物語にその中心が移ってきています。本作でも、子供達を中心とした物語が語られ、伊三次や友之進らは、子供たちを親として見つめているのです。

そして、不破家では龍之進の妻きいのお腹が大きくなっていたりと、誰がということではなく、登場人物のそれぞれが、それぞれの人生の主役として物語の主人公となって、夫婦の、家族の物語として、たゆとう川の流れのように繰り広げられていきます。

 

派手さは無いものの、折々の場面での背景に映る自然の描写など、季節の移ろいを細やかに感じさせてくれる宇江佐真理の作品は、ゆっくりと心に染み入ってくるようで、やはり落ち着きます。

雪まろげ: 古手屋喜十 為事覚え

本書『雪まろげ: 古手屋喜十 為事覚え』は二年前(2011年9月)に出た『古手屋喜十為事覚え』の続編となる六編からなる連作短編集です。

宇江佐真理の小説たしくあい変らずに読みやすい作品であり、また読了後は心が豊かになる物語でした。

浅草は田原町で小さな古着屋を営む喜十は、北町奉行所隠密廻り同心の上遠野のお勤めの手助けで、東奔西走する毎日。店先に捨てられていた赤ん坊の捨吉を養子にした喜十の前に、捨吉のきょうだいが姿を現した。上遠野は、その四人の子どもも引き取ってしまえと無茶を言うが…。日々の暮らしの些細なことに、人生のほんとうが見えてくる。はらり涙の、心やすらぐ連作人情捕物帳六編。(「BOOK」データベースより)

 


 

本書では冒頭の「落ち葉踏み締める」で喜十夫婦に子供が出来る話しから始まります。捨吉という名前のその子は夫婦の店の前に捨てられていた子供なのです。この子が何故に捨てられなければならなかったのか、少々重く哀しい物語が語られます。

それでも二作目の「雪まろげ」からは家の中に赤ん坊がいて、その子にどう対応して良いかわからずにいる亭主、という普通の家庭の様が描かれていきます。

北町奉行所隠密廻り同心の上遠野平蔵は変わらずに助っ人の依頼を持ち込んできており、これまた変わらずに文句を言いながらも手助けをする喜十がそこにはいます。

本作では猪の肉などを食べさせる「ももんじ屋」の息子の神隠しの話を聞きに行きます。何か犯罪に絡む話があるのではないかと調べに行くのです。「雪まろげ」とは雪のかたまりのこと。二つ合わせれば雪だるまになります。

 

続く「紅唐桟」では長崎から男を追って出てきた遊女の身の振り方を決めるのに呻吟し、更に「こぎん」では行き倒れの男の身元を探すなかで「こぎん刺し」という着物の縫い方から悲哀に満ちた話が語られます。

また、「鬼」では皮膚病の親子に手を差し伸べ、「再びの秋」では捨吉の兄弟の物語に戻ってくるのです。

 

やはり宇江佐真理の小説は読み終えた後に心が豊かになります。楽しい物語では勿論、どこか哀しみに満ちた物語であっても人情の温かさが溢れており、救いがあるからだと思うのです。

本書では喜十と同心の上遠野平蔵との掛け合いも大きな魅力になっています。上遠野平蔵の無神経なもの言いの裏にある人情味溢れた始末など、喜十が上遠野から離れられないわけがあるのです。

 

ところで、当時世界有数の都市であった江戸の町は効率的な循環型社会だったと何かの本に書いてありました。資源の有効利用が発達し様々なリサイクル業があったそうです。

金属製品の修理をする「鋳掛け屋」、桶や樽の箍(たが)を作りなおす「箍屋(たがや)」等々があり、そして古着屋もそうで四千軒もあったらしいとありました。そういえば、佐伯泰英の『古着屋総兵衛影始末シリーズ』も古着屋が主人公でした。

 

糸車

深川の長屋で独り暮らしのお絹。三年前までは、松前藩家老の妻だったが、夫を殺され息子勇馬は行方不明。小間物の行商をして、勇馬を探し続けている。商いを通じて、同心の持田、茶酌娘などと親交を深めるうち、様々な事件に巻き込まれ、それぞれの悩みに共感し奔走するが…。船宿の不良娘と質屋のどら息子の逃避行、茶酌娘の縁談、そしてお絹に芽生えた静かな愛。下町の人情が胸に染みる時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

深川の長屋で独り暮らすお絹を主人公とし市井の暮らしを人情味豊かに描き出す、連作の短編時代小説集です。

 

久しぶりに宇江佐真理の小説を読みましたが、やはりこの人の物語は安心します。語りが優しくて読み終わった後にどことなくほっとさせてくれるのです。

松前藩の家老の妻だったお絹は、今は深川の宇右衛門店で小間物の行商をしながら、夫が亡くなった時に行方不明になったままの息子勇馬を探す毎日です。

主人公のお絹は深川での日々の暮らしの中でお人よしぶりを発揮しています。そんなお絹も行きつけの水茶屋の茶酌女や船宿の内儀おひろなどの話し相手も出来、更には同心の持田との間にほのかな恋心までも生まれているのです。

同時に夫日野市次郎の死と息子勇馬の失踪の謎も少しずつ明らかになっていきます。そして、持田との間も種々の出来事で揺れ動いていくのです。

この同心の持田のお絹に対する細やかな恋心など、物語は宇江佐真理らしい人情豊かな日々を描き出していきます。

 

私はまさに雑読で読むのも結構速いのでジャンルを問わず多量の本を読みます。

直前に読んだ花村満月の武蔵などはとても情感細やかとはいえない活劇ものです。女を抱き、人を撲殺する姿が克明に描かれます。

そうした本の後にこの作家の作品を読んだものですから特に感じるのかもしれませんが、人情味溢れるこの人の作品は読み手の心まで豊かにしてくれる感じがして、爽やかな読後感をもたらしてくれるのです。

おちゃっぴい – 江戸前浮世気質

札差駿河屋の娘お吉は、町一番のおてんば娘。鉄火伝法が知れわたり、ついたあだ名がおちゃっぴい。どうせなら蔵前小町と呼ばれたかったけれど、素直にゃなれない乙女心、やせ我慢も粋のうち…。頑固だったり軽薄だったり、面倒なのに、なぜか憎めない江戸の人人を、絶妙の筆さばきで描く傑作人情噺。大笑い、のちホロリと涙。(「BOOK」データベースより)

 

小粋なお転婆娘がコミカルな狂言回しとなって、江戸の町を走りまわります。せりふ回しもいなせで、葛飾北斎やその娘のお栄との絡みも絶妙で涙を誘います。

絶品です。必ず小気味良い読後感が待っていると確信します。

泣きの銀次シリーズ

泣きの銀次シリーズ(2015年11月 完結 )

  1. 泣きの銀次
  2. 晩鐘 続・泣きの銀次
  3. 虚ろ舟 泣きの銀次 参之章

 

事件が起き、現場に駆け付けるが死体を見ると涙が出てくる、馬庭念流の使い手でもある岡っ引き銀次の、人情あふれる物語です。

事件の裏を見据える銀二の世界に引き込まれずにおれません。

是非おすすめです。

 

人情時代小説の第一人者として大変楽しみにしていた宇江佐真理という作家さんですが、残念ながら2015年11月に死去されました。

このシリーズも全三巻で終了となってしまいました。残念です。

髪結い伊三次捕物余話シリーズ

髪結い伊三次捕物余話シリーズ(2015年11月 完結 )

  1. 幻の声
  2. 紫紺のつばめ
  3. さらば深川
  4. さんだらぼっち
  5. 黒く塗れ
  6. 君を乗せる舟
  7. 雨を見たか
  8. 我、言挙げす
  1. 今日を刻む時計
  2. 心に吹く風
  3. 明日のことは知らず
  4. 名もなき日々を
  5. 昨日のまこと、今日のうそ
  6. 月は誰のもの
  7. 竈河岸(へっついがし)
  8. 擬宝珠のある橋

 

中心人物
伊三次 25歳 廻り髪結い 髪結い床(店舗)を持たない髪結い 不破友之進の小者
お文 25歳 権兵衛名(源氏名)を文吉という深川の芸者
おみつ 15歳 お文の身の回りの世話をする女中
不破 友之進 30歳 北町奉行定廻り同心
不破 いなみ 不破友之進の妻
不破 龍之介 不破友之進の一人息子

 

より詳しい登場人物は、「文藝春秋BOOKS 人物紹介」もしくは「ウィキペディア 登場人物」を参照してください。

 

主人公の伊三次は、廻り髪結いのかたわら北町奉行所同心の不破友之進の小者として友之進の手伝いをしています。本書は、不破友之進と小者の伊三次が種々の事件を解決していく捕物帳形式の連作短編集です。

しかし、主題は主人公の伊三次とその恋仲の深川芸者のお文との日常にあって、その二人を取り巻く人々の暮らし、想い、といった人情話が展開されていきます。

「捕物余話」であって「捕物帖」ではないのも、その点に考慮したものではないでしょうか。本格的なミステリーを期待する人には向かないかもしれません。

と個人的に書いていたら、再読時に『黒く塗れ』の「あとがき」において著者自身の言葉を見つけました。

すなわち、「余話」に注目してほしいと書いておられるのです。あくまでも「余話」であり、捕物帳ではない、と書いておられます。

 

また、そこには読者の言葉として宇江佐真理の作品にはバタ臭さが残っているので下町情緒を学んだ方がいい、というものもあったと書いておられます。

私は、そうしたバタ臭さなどという印象は全く持ちませんでした。それどころか、丁寧な江戸の町の情景描写や四季に移ろいに対する配慮など、その視線は繊細で暖かだなどと思っていたほどです。

個人的には、読後には心地良いひと時を過ごせたという満足感が残る作品だと書くほどに私の好みに合致する作品だったのです。

 

それはともかく、デビュー作の短編「幻の声」はオール読物新人賞を受賞し、シリーズの第一冊目となった『幻の声』という本は第117回直木三十五賞候補にもなりました。

私にとって、伊佐治とお文という二人の姿が人情味豊かに語られるこの物語は、人情時代小説といえばまず最初に思い浮かぶシリーズとなっています。

このシリーズは第九作の『今日を刻む時計』で一気に年月が経過し、話も伊佐治や不破友之進の子らの話に重点が移っていくのです。

 

山本周五郎藤沢周平といった大御所と比較しても決して引けを取らない作品群が並ぶ作家として楽しみにしていた人でしたが、残念ながら2015年11月に死去されてしまいました。

このシリーズも第十六作の『擬宝珠のある橋』を最後に終了となってしまいました。

 

本筋とは離れますが、このシリーズの安里英晴氏の描く装画が良い。日本画風のその絵は宇江佐真理と言う作家の丁寧なその文章が作り出す雰囲気をしっかりと捉え、切り取っていると感じます。