本書『夏の雪 新・酔いどれ小籐次(十二) 』は、『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第十二弾です。
特別に大きな事件が起きるわけではないのですが、小籐次というキャラクターがいいためなのか、あい変らずに面白く読み終えることができた作品でした。
小籐次父子は公方様に拝謁し、見事な芸を披露して喝采を浴びた。数日後、小籐次は駿太郎の乳母を務めたおさとと再会する。彼女の舅は名人と呼ばれる花火師だったが怪我を負って引退し、さらに余命数か月という。半端な花火職人の義弟が作った花火を舅に見せてやりたいというおさとの願いを知った小籐次は、一計を案じる―。(「BOOK」データベースより)
第一章 書院の舞
十一代将軍家斉と対面をすることとなった小籐次父子だったが、御目見えの際、将軍の御詰衆との立ち合いを避けるために、小籐次は久慈行灯とともに白の紙束を数度切り分けて座敷に夏の雪を、更には色とりどりの紙で夏の花火を見せる。
第二章 墓参り
小籐次父子の将軍家斉との対面が騒動になり仕事ができないからと、駿太郎の父須藤平八郎の墓参りに行った帰り、望外川荘で待っていたのは四十樽を超える四斗樽だった。そこで、駿太郎の乳の面倒を見てもらったおさとの義父のことを聞いていた小籐次は一計を案じる。
第三章 八右衛門新田の花火屋
息子の華吉が作った花火を見て死にたいという名人と呼ばれたおさとの義父の望みをかなえようと、小籐次は八衛門新田にある花火屋の緒方屋の六左衛門をたずねた。そして、命を懸けた俊吉の指図のもと華吉らが一丸となって墨田の花火を盛り上げることを依頼するのだった。
第四章 義兄と義弟
一方、小籐次のもとには美人局にあって困っているとの、義兄弟の契りを交わした成田屋こと市川團十郎からの相談が持ち掛けられる。その相手は悪清水の名で通っている南町奉行所非常取締係石清水正右衛門であり、奉行も困っている人物だった。
第五章 夏の夜の夢
悪清水を退けた小籐次は、おさとの義父の俊吉の指導のもと造られた花火の打ち上げを楽しみながら、老中青山忠裕のすすめに従い、おりょうと駿太郎とを連れて、駿太郎の故郷へと旅することを考えるのだった。
今回の小籐次では、「夏の雪」というタイトルの裏にある「夏の花火」が主なテーマになっています。
隅田川の川開きの花火をメインに据え、不景気で下火に終わるかもしれない今年の川開きをより華やかにするために小籐次が活躍する舞台を考えてあるのです。
そのために本書『夏の雪 新・酔いどれ小籐次 』は、まずは駿太郎とともに将軍家斉への拝謁という大事件から始まります。
その御目見えの場で小籐次は余興として、剣により座敷に「夏の雪」を降らせ、さらに「夏の花火」を打ち上げるのです。
また、この将軍への拝謁は、あとで花火を打ち上げるための費用捻出にも役立つ仕掛けとなっています。
その後、花火師親子の人情物語があって隅田川の川開きの花火となるのですが、さすがに作家の想像力は見事なもので、いかにも小籐次らしい人情物語として仕上げられています。
ただ、ここでの花火師の人情話の場面で、死期を迎えた名人と呼ばれた花火師の父親と未だ半人前の花火師でしかない息子との描写自体はあまりありません。
佐伯泰英という作家は、人物の心象を深く掘り下げ情感豊かに描写する、という手法は取らないようです。本書『夏の雪』でのこの場面でも、どちらかというと物語は淡々と進みます。
それでいて、物語全体として、小籐次の関係した話の一場面としてきれいに成立しているのですから見事です。
そして、本書『夏の雪』では市川團十郎の絡んだ事件を語ってあり、小さくではありますが小籐次の剣戟の場面もはさんで見どころを作ってあります。
本書『夏の雪 新・酔いどれ小籐次』は、素浪人小籐次の人情噺ここにありという話です。小籐次がその多方面にわたる顔の広さを思い知らせる一編にもなっています。
この調子で進んでいってもらいたいものです。