『死んだ山田と教室』とは
本書『死んだ山田と教室』は、2024年5月に講談社から304頁のソフトカバーで刊行された、長編の青春小説です。
一人の学友の死をテーマにした何とも奇妙でファンタジックなユーモア満載の2025年本屋大賞候補作で、読み終えてからあれこれと考えさせられる物語でした。
『死んだ山田と教室』の簡単なあらすじ
夏休みが終わる直前、人気者の山田が死んだ。悲しみに沈むクラスに担任の花浦が席替えを提案すると教室のスピーカーから死んだ山田の声が聞こえた。山田はスピーカーに憑依してしまったらしい。“俺、二年E組が大好きなんで”。声だけになった山田と、二Eの仲間たちの不思議な日々がはじまる。第65回メフィスト賞受賞!!(「BOOK」データベースより)
『死んだ山田と教室』の感想
本書『死んだ山田と教室』は、第65回メフィスト賞ほかの各賞を受賞し、2025年本屋大賞にノミネートされた長編の青春小説です。
一人の学友の死をテーマにした何とも奇妙でファンタジックな、しかしユーモアに満ちた読みやすい作品ですが、読後に何かと考えることも多い物語でした。
夏休みも終わる直前に、二年E組の山田が交通事故のために亡くなりました。
山田はクラスの人気者であって、山田がいるおかげでこのクラスは明るく楽しく過ごせていたのであり、山田はクラスの中心だったと同級生たちが通夜の席でも言うほどでした。
ところが、二学期最初の登校日にホームルームでクラスの席替えをしようとしたとき、死んだはずの山田の声が教室のスピーカーから聞こえてきたのです。
本書『死んだ山田と教室』では、ほとんど全編で山田とそのクラスメイトの中心的な人物たちとの漫才のような掛け合いの会話で構成されています。
会話の一員である山田が既に死んだ人間であり、その声だけが二年E組のスピーカーから聞こえてくるだけなので、全編が会話劇になるのは必然です。
この会話がなかなかに心地よいリズムで繰り広げられるのですが、同じような展開が続くとの思いが生じてくるころには新たな出来事が起き、また微妙に異なった会話が展開されることになり、読み手に飽きさせません。
会話劇としての本書の特徴の一つとして、台詞の途中に台本のト書きのように地の文が挿入されていることを上げることができます。
残念ながらこのことに気づいたのは私ではなく、読後に作者のインタビュー記事を読んでいた時に指摘されていたものです( WEB別冊文藝春秋 )。
このインタビュー記事ではほかにも「世代を限定するような固有名詞は意識的に外しました
」という作者の言葉も紹介してありました。
どうでもいいことですが、こうしたことは自身の読み込み方の浅さを痛感させられるとともに、作品を一歩踏み込んで味わいたいときには書評やインタビュー記事が役に立つことをあらためて感じさせられます。
本書『死んだ山田と教室』の読書中は、高校生たちの能天気でアホっぽい会話にその馬鹿さ加減にあきれつつも、この後の展開でどんな意外性を読まさせてくれるのだろうとの期待感をもって読みすすめていました。
第一章では山田がクラス全員のことをよく観察していたことが示され、第二章からは早速に教室の中でパンツひとつになっている生徒や山田との会話の前提としての合言葉の話などが展開されます。
そして、教室の中から見る夕焼けの様子を、見ることができない山田に説明する姿も示され、山田が声だけの存在であること、見たり味わったりすることができない存在であることが示されます。
こうして、高校二年生の男子クラスの掛け合い漫才のような会話や馬鹿さ加減が示されていき、このことは後半への伏線ともなっています。
最終話近くなると物語は別な様相を見せてくるようになります。そして、それなりの切なさを感じつつの読書となりつつも、読了後はいろいろと考えさせられることとなったのです。
さらに、途中までは山田の一人DJの様子を語るために、各章の終わりに「夜」という項が設けられでいます。
この夜の項が山田の存在の孤独さをより表すとともに、本書後半になると重要な意味を持ってくるようになります。
こうして、本書は全く新しい視点で描かれた青春小説であるとともに、人間のありかたとしても一抹の寂しささえ感じられる作品となっているのです。
確かに、男子生徒の馬鹿さ加減は本書に描いてある通りのものであるにしても、青春時代の甘い思い出はかなり美化されたものです。
本書『死んだ山田と教室』はそうした現実や高校生個々人の思いを如実に描き出したものとして、その突飛な設定と共に高い評価をうけるのも当然の作品だと思います。
結果として、その意外な成り行きに驚くとともに、本書が第65回メフィスト賞や第11回山中賞受賞その他の賞を受賞し、さらに2025年本屋大賞にノミネートされることになるのも納得させられたものです。
この作者は、設定は異なるでしょうが第二弾、第三弾作品が既に発刊されているようです。できるだけ早めに読んでみたいものです。