『警視庁公安部喫茶課』とは
本書『警視庁公安部喫茶課』は、2026年1月にサンマーク出版から448頁のソフトカバーで刊行された、連作短編の警察小説集です。
どこかユーモラスで、またエッセイのような軽さを感じる文章でありながら、しかし公安警察の基本を丁寧に説明しながらも事件に挑む主人公の姿が描かれている何とも不思議な印象の作品でした。
『警視庁公安部喫茶課』の簡単なあらすじ
“喫茶ハム屋は困り事を解決できるらしい”どこからか噂は流れ、ママ友の抗争からJKのいじめ、日本を揺るがすサイバー犯罪まで、今日も悩み相談が舞い込むー。(「BOOK」データベースより)
『警視庁公安部喫茶課』の感想
本書『警視庁公安部喫茶課』は、実にリアルに公安警察の業務を描いた警察小説ではあるのですが、ユーモアを秘めたお仕事小説です。
文章は軽く読めるエッセイのようでありつつも、生活に根付く身近な相談事を公安のテクニックを用いてユーモラスにこなしていきながら、その延長線上に国際的なスパイ活動の実態へと読者を導きます。
何ともとりとめのない作品であり、公安警察の基本を丁寧に説明しながらも種々の事件に挑む主人公の姿が描かれている不思議な作品でした。
主人公は、身長180センチ超のそれなりに存在感のある体格で「喫茶ハム屋」の店長をしている、かつて警視庁公安部で情報活動を行っていた稲見という男です。
この「喫茶ハム屋」は普段はほどんど客はおらず、茶色のトラ猫「ヒナ」と、お腹が真っ白で小柄な「ユーリ」という二匹の猫がのんびりと過ごしています。
本書の作者の名前が「陽向悠里(ひなたゆうり)」であることからしても、二匹の猫の名前についての著者の遊び心が垣間見えます。
この稲見のもとに「挨拶しても無視される同じマンションの住民」や、「ママ友LINEグループでのいやがらせ」、「女子高生同士のいじめ」( 本とTREE : 参照 )といった相談事が持ち込まれ、それをスパイのテクニックを駆使して解決するのです。
そんな出だしの本書であり、なんということもないユーモラスな作品くらいに思っていたら、途中から少しずつ雰囲気が変わってきます。
いや本当は冒頭からスパイ用語の解説が別枠で儲けられていたりする変なレイアウトであり、単なるユーモア作品とは違う印象はありました。
しかしながら、「ハム屋」に持ち込まれる相談が、はっきり言ってどうでもいいことであることもあって、公安の活動が本格的に描かれる作品だとは思えなかったのです。
でも、物語の方向がスパイの専門的な言葉について別枠での説明が加えながら展開されていくにつれ、当初思っていた内容とずれが生じてきます。
そして、上司の指示に従って連絡員と会いながら使命を消化していく主人公姿が描かれていくのです。
とはいえ、麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)のような、また竹内明の『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』のような公安警察員が主人公となる作品とはかなり異なります。
当初述べたように、本書の場合、物語は随筆かエッセイと呼ぶしかないような軽いタッチで展開されていきます。
とても日本国を背負った活動につながるとは思えないのです。
逆を言えばそうしたタッチだからこそ公安活動の実態が見えるのだと言う人も出てきそうな文章です。
どちらが個人的な好みかと言えば、麻生幾であり竹内明ではあります。
しかし、本書は手嶋龍一の『鳴かずのカッコウ』のような、公安職員の現実の活動に即した地味な活動を描いた作品の流れにあると言えます。
本書のような作品も、リアルな公安活動の実態を知り、また、たまの気分転換のような意味合いではいいのかもしれません。