空の中

200X年、謎の航空機事故が相次ぎ、メーカーの担当者と生き残った自衛隊パイロットは調査のために高空へ飛んだ。高度2万、事故に共通するその空域で彼らが見つけた秘密とは?一方地上では、子供たちが海辺で不思議な生物を拾う。大人と子供が見つけた2つの秘密が出会うとき、日本に、人類に降りかかる前代未聞の奇妙な危機とは―すべての本読みが胸躍らせる、未曾有のスペクタクルエンタテインメント。(「BOOK」データベースより)

 

有川浩の自衛隊三部作の一冊である長編の青春小説です。

この本の発表は2004年ということなので、ごく初期に書かれた本のようです。だからでしょうか、とても読みやすい本ではあるのですが、ただそれだけという印象の作品です。

 

200X年、立て続けに高度二万メートルあたりで、航空機開発メーカーのテスト機と自衛隊の戦闘機との二件の航空機の事故が起きた。この事故で、斉木瞬白川真帆は、共に父親を亡くすことになったのだった。

斉木瞬は高知県の海辺で正体不明の生物(UMA)を見つけ、UMA好きの幼馴染の天野佳江と共にこの生物を育て始め、一方、テスト機の開発会社に勤務する春名高巳は自衛隊の対策本部に詰めることになり、そこで衝突した自衛隊機と共に飛んでいたパイロット武田光稀三尉と出会うのだった。

 

この本の宣伝文句には「未曾有のスペクタクルエンタテインメント」や「超弩級エンタテインメント」という威勢の良い言葉が並べられています。しかし、この文言は全く当てはまりません。それどころか、本書の内容は恋愛青春物語といった方がいいと思われます。

確かに、本書の背景設定はUMA対人間の生死をかけた戦いが描かれているという点では、スペクタクル小説と言えるかもしれません。

しかし、そう言えるのは物語の設定だけであり、内容はUMAを中心として繰り広げられる人間ドラマであり、その中心には瞬と佳江、ちょっと大人の春名高巳と武田光稀という二組の恋愛物語があるのです。

 

別に恋愛物語がいけないというのではありません。物語は有川浩の作品らしくユーモアがあり、軽く読めて面白いのです。

ただ、軽く読めるし楽しいのですがそれだけなのです。残念ながらこの作者の他の作品のように、爽やかな読後感があまり感じられませんでした。

三匹のおっさん

還暦ぐらいでジジイの箱に蹴り込まれてたまるか、とかつての悪ガキ三人組が自警団を結成。剣道の達人・キヨ、柔道の達人・シゲ、機械いじりの達人の頭脳派・ノリ。ご近所に潜む悪を三匹が斬る!その活躍はやがてキヨの孫・祐希やノリの愛娘・早苗にも影響を与え…。痛快活劇シリーズ始動。(「BOOK」データベースより)

 

還暦を過ぎたおっさんたちが身近な悪を退治するという、全六編からなる連作の痛快おっさん活劇小説です。

 

現実にそんな話はありえないだろう、などという突っ込みは野暮と思われ、単純に爽快な物語として楽しいひと時でした。かつて読んだ遠藤周作のユーモア小説を思い出しました。

 

 

清田清一立花重雄有村則夫の三人は幼馴染であり、共に還暦を迎えたおっさんです。

剣道や柔道の達人であったり、知恵者であったりという特技を生かして、近所の悪を懲らしめようとするのですから、特に私のような還暦を過ぎた人間にとっては痛快この上の無い設定です。

そういう状況が、非常に読みやすい文章でユーモアを交えながら語られるのですからついつい感情移入してしまいます。

 

一方、単純にワルをやっつけていくだけではありません。清田清一の息子夫婦との会話や、孫との会話などは現代の家族のまぎれも無い一面であるし、立花重雄の家庭で起きた浮気騒動などは、熟年夫婦の在り方を正面から問うています。

ライトノベルの作家さんらしく、とても読みやすく、それでいて面白いユーモアに満ちた小説でした。

 

ちなみに、本書は続編として『三匹のおっさん ふたたび』まで書かれているのですが、テレビドラマとしては『三匹のおっさん2〜正義の味方、ふたたび!!〜』に続いて、『三匹のおっさん3〜正義の味方、みたび!!〜』も制作、放映されています。

ただ、残念なことに有村則夫役であった志賀廣太郎氏が2020年4月に亡くなられました。ご冥福をお祈りいたします。

三匹のおっさん ふたたび

この作者の作品らしく、第一巻と同様にあいかわらず読みやすく、そして心温まる作品集でした。

結局、この作品は個人の他の人への配慮、というか’思いやり’について書かれているようです。

剣道の達人キヨ、武闘派の柔道家シゲ、危ない頭脳派ノリ。あの三人が帰ってきた!書店での万引き、ゴミの不法投棄、連続する不審火…。ご町内の悪を正すため、ふたたび“三匹”が立ち上がる。清田家の嫁は金銭トラブルに巻き込まれ、シゲの息子はお祭り復活に奔走。ノリにはお見合い話が舞い込み、おまけに“偽三匹”まで登場して大騒動!ますます快調、大人気シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

本書を読んで、あらてめて有川浩という作家の作品は「人情もの」として仕上がっていると思いました。

個人的には「人情もの」というのは人と人との心の繋がりを勝てる物語だと思っています。

例えば第二話はある書店の店主と万引きをした中学生との話ですが、店主は三匹のおっさん達が捕まえた万引きをした中学生に対し語りかけ、その後、万引きをした中学生による店主への応えが示されます。

中学生のその後の行いは、ともすればきれいごととしてかたずけられてしまうかもしれませんが、この作家の文章は気負うことなく自然な流れの中で語られており、納得の物語として読み手の心に落ち着くと思うのです。

確かに小説の中でしかあり得ないきれいごとに過ぎないかもしれないのですが、せめて心地よい文章と、その文章で語られる物語の世界に浸るのも良いものです。

有川浩という作家は、この心地よいひと時をもたらしてくれる作家さんだと思います。

 

おまけとして載っている「好きだよと言えずに初恋は」という短編は、私の好きな歌手村下孝蔵の「初恋」の歌詞の中のフレーズなのでしょう。

内容も少女の初恋の話で、引っ越しを繰り返す少女の初恋が若干のセンチメンタリズムに乗せられて語られています。

植物に絡めた好短編です。私が読んだのは文庫版ではありませんでしたが、文庫になる時はこの作品も掲載されるのでしょうか。

阪急電車

隣に座った女性は、よく行く図書館で見かけるあの人だった…。片道わずか15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々。乗り合わせただけの乗客の人生が少しずつ交差し、やがて希望の物語が紡がれる。恋の始まり、別れの兆し、途中下車―人数分のドラマを乗せた電車はどこまでもは続かない線路を走っていく。ほっこり胸キュンの傑作長篇小説。(「BOOK」データベースより)

 

上記の惹句には本書を長編小説と紹介してありますが、私は連作の短編小説として読んでいました。別にどうでもいいことではあります。

 

有川浩という作家の最初に読んだ作品が図書館戦争シリーズ二作目の「図書館内乱」で、次に読んだのが本書でした。あまりに傾向の違いに驚いてしまいました。

図書館内乱」は自衛隊を思わせる図書隊という軍事組織の中での女の子が主人公の物語で、軍隊を舞台にした女子の青春(恋愛)小説とでもいえるものでした。

 

 

それに対し、本書はほのぼのとした人間模様が描かれています。阪急電車の今津線でのほんの十数分の間の出来事を各駅ごとの章立てで描き出したほんわかとした小編で出来ている連作短編集なのです。

たまたま同じ電車の同じ箱に乗り合わせたにすぎない、ひと駅ごとに入れ替わる何の関係も無い人々のそれぞれに各々の人生があって、その人生は交錯することはありません。

でも、ほんのたまに、ある人の人生が別のある人の人生と一点で重なり、そこで小さな恋物語が生まれたり、心許せる友達が出来たり、無神経なおばさん達をほんの少し懲らしめたありすることもあるのです。

 

少々話が都合がよすぎるのでは、と思わないではないのですが、せめて好きな本の中ではほのぼのと心温まる物語にひたってもいいじゃあないか、と思わせられる短編集です。

たまにはこんな物語もいいなと思ってしまいました。