柚木 麻子

イラスト1

あいにくあんたのためじゃない』とは

 

本書『あいにくあんたのためじゃない』は、2024年3月に新潮社から256頁のソフトカバーで刊行された、第171回直木賞の候補作になった短編小説集です。

「強炭酸エナドリ短編集」や「この世を生き抜く勇気」という惹句が謳われていますが、面白いのだけれど、その意図が読み取れない作品もあった個人的には微妙な作品集でした。

 

あいにくあんたのためじゃない』の簡単なあらすじ

 

老若男女に贈る、強炭酸エナドリ・最高最強エンパワーメント小説集! 過去のブログ記事が炎上中のラーメン評論家、夢を語るだけで行動には移せないフリーター、もどり悪阻とコロナ禍で孤独に苦しむ妊婦、番組の降板がささやかれている落ち目の元アイドル……いまは手詰まりに思えても、自分を取り戻した先につながる道はきっとある。この世を生き抜く勇気がむくむくと湧いてくる、全6篇。(内容紹介(出版社より))

 

あいにくあんたのためじゃない』の感想

 

本書『あいにくあんたのためじゃない』は、第171回直木賞の候補作になった短編小説集です。

他人に貼られたラベルのために生きづらさを感じている人に元気をもたらすことを意図して書かれたそうですが、私にはその意図が読み取れない作品もありました。

 

作者が言うように、SNS全盛の現在は特に、簡単に他人をラベリングをしがちであり、一旦貼られたラベルはなかなかに剥がすことが難しいことだと思います。

本書の第一話の「めんや評論家おことわり」などは上記のラベリングがそのままにあてはまる話でしょう。

 

めんや評論家おことわり

ラーメン評論家の佐橋ラー油は、一時期は自分のテレビ番組を持つほどの人気を得ていたが、創業五十年の「中華そば のぞみ」から入店を断られたことをきっかけに、「ラーメン武士」の名で活動していた毒が強かった頃の記事がネット上で晒され、仕事が激減してしまっていた。

とあるラーメン店の、毒舌ラーメン評論家に対する復讐の物語です。いまでは世界的にも名前が知られるようになったラーメン店「のぞみ」の柄本希が如何にして名声を獲得するに至ったか、佐橋ラー油が何故に人気が凋落するに至ったか、などが端的に語られる痛快物語でもあります。

この本『あいにくあんたのためじゃない』が示す「差別、偏見、思い込み― 他人に貼られたラベルはもういらない、自分で自分を取り戻せ‼」という惹句そのままの物語です。

 

BAKESHOP MIREY’S

近所の「焼き鳥 くろ兵衛」のアルバイトの未怜はベイクショップを開くという夢を持っていて、昼休みにこの店に通う秀美に対し、ここにオーブンさえあればうんと練習をするのにと話すのだった。

この物語が本書のタイトルとどのように関係してくるのか、秀美の最後の行為による未怜の行動をどう評価すべきか、そこがよく分かりませんでした。

著者によれば、「社会的地位の高い人は、社会や下層階級に対して貢献しなきゃいけないという『ノブレスオブリージュ』の価値観」は日本では受け入れられないけれど、「それでも秀実のおせっかいは全くのムダではなかったと描きた」かったというのです( 大人のおしゃれ手帖web : 参照 )。

秀美が一歩を踏み出したことは分かるのですが、それまでの行為はどう評価すべきか、その先こそが問題ではないのか、私の中ではあまり整理がつかない作品だったのです。一歩生み出しただけでもよしとすべきなのでしょうか。

 

トリアージ2020

升摩利子は、急勾配の坂の途中にある古びたマンションの一階を終の住処として購入したが、コロナ禍に入り、誰も訪ねて来る者もいないままに、久しぶりに訪ねてくれた人がいた。それが、人気医療長寿ドラマの「トリアージ~呼吸器内科医・宝生雅子~」が縁で知り合ったTwitter仲間のよこちんさんの母親の横山典子さんだった。

私としてはこの物語が一番気に入りました。読んでいる途中でよこちんさんの正体を推測したりもしていましたが、実際は私の思惑などとは関係のない事実でした。

素人読者の浅薄な思惑など及びもつかない登場人物の振る舞いや思惑もさすがの作品です。さすがは人気作家だとあらためて感じ入り、さらには親子のあり方なども思わず考えさせられた作品でした

 

パティオ8

七世帯の住居が十数メートル四方の中庭をロの字の形で取り巻いている平屋型マンションで、リビングの窓を通して中庭で遊ぶ子供たちを確認しながら仕事や家事をできることが、コロナ禍での暮らしの生命線になっていた。ところが、101号室の男が自分の仕事は片手間にできるようなものではないと文句をつけてきたのだ。

まさにファンタジックな物語であり、ある種痛快小説ともいえる物語です。実際にこのように都合のいい人物が揃うはずもなく、またうまくがまとまることもないでしょう。

そもそもこのように隣人同士が気楽に集えるマンションの存在自体が虚構としか言えないものであり、だからこそある種ファンタジーだと言ったのです。

でも、そんなマンションがは実在したらしいのです。そして、読み手の心に爽快な読後感と少しの切なさをもたらし、余裕のないコロナ下での暮らしを思い出させてくれるようです。

 

商店街マダムショップは何故潰れないのか?

仕事を辞め故郷に帰ってきて暇を持て余している四十歳になる私ことあっちゃんは、先週高校を卒業したばかりの幼馴染の琴美とお茶をして、窓から見える婦人雑貨店「ドゥリヤン」が客を見たこともないのに何故つぶれないのか、不思議だという話をしていた。

この物語こそまさにファンタジーと言っていいのでしょうか。

物語の主役と幼馴染の子が二十歳以上の年齢差という設定の必然性もよく分かりません。四十歳女性とは異なる若い娘の強い瞬発力が欲しかったのでしょうか。

同時に、この物語がこの書籍に入っている理由もまたよくわかりませんでした。

 

スター誕生

ユーチューバーの「独居老人しげる」が撮影した動画から自分たちを削除してほしいと抗議してきた母親が、「MCワンオペ」として人気が出ていることに着目した真木信介は、自分の番組の人気回復のために「MCワンオペ」を登場させようと目論む。しかし、「独居老人しげる」もまた自分のチャンネルに登場させようと目論んでいたのだった。

「この短編集では他者から一方的にラベリングされ、心に傷を負う人の姿も描かれている。( marie claire : 参照 )」とあるけれど、まさにそういう立場に立たされた人たちの物語です。

[投稿日]2025年02月03日  [最終更新日]2025年2月3日

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です