『狐笛のかなた』とは
本書『狐笛のかなた』は、2003年11月に理論社から刊行され、2006年12月に新潮文庫から392頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。
著者上橋菜穂子の心の中にある日本という国を舞台にした作品で、西洋をイメージさせるファンタジーとは異なった和風ファンタジーともいうべき物語です。
『狐笛のかなた』の簡単なあらすじ
小夜は12歳。人の心が聞こえる“聞き耳”の力を亡き母から受け継いだ。ある日の夕暮れ、犬に追われる子狐を助けたが、狐はこの世と神の世の“あわい”に棲む霊狐・野火だった。隣り合う二つの国の争いに巻き込まれ、呪いを避けて森陰屋敷に閉じ込められている少年・小春丸をめぐり、小夜と野火の、孤独でけなげな愛が燃え上がる…愛のために身を捨てたとき、もう恐ろしいものは何もない。野間児童文芸賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
『狐笛のかなた』について
本書『狐笛のかなた』は、第42回野間児童文芸賞及び、第51回産経児童出版文化賞推薦を受賞した和風ファンタジー作品です。
著者上橋菜穂子が本書のあとがきで、「これは、私の心の底にある<なつかしい場所>の物語なの
」だというように、著者の「日本の野山の匂いに満ち
」たなつかしい場所を舞台としています。
その日本で「火色の毛皮を光らせて枯野を走る狐
」の物語として生れ出た、と書いておられるように、この物語の雰囲気は上橋菜穂子の『守り人シリーズ』(新潮文庫 全十四巻)や『獣の奏者』(講談社文庫 全五巻)といった作品とは異なる世界観を持っています。
そしてその言葉のとおりに、この物語は、一匹の子狐がまるで「火が走るように
」夕暮れの野を駆ける場面から幕を開けるのです。
『狐笛のかなた』の登場人物
この物語は、人の思いを感じることのできる“聞き耳”という能力を有している小夜という少女を主人公としています。
そして、この小夜の懐に飛び込んできたのが姿を狐や人間の姿へと変化させることができる霊弧の野火だったのです。
その後、この狐を抱えた小夜は森陰屋敷から抜け出てきた小春丸という少年と出会いますが、この二つの出会いが物語の幕開けとなるのでした。
それまで育ててくれた婆ちゃんの綾野が亡くなり、十六歳となった小夜が一人で年越しの市へ行ったとき、争いに巻き込まれた小夜を助けてくれたのが鈴であり、その兄が大朗という男で、過去の小夜や小夜の殺された母親の花乃の知人だったのです。
霊弧である野火には玉緒と影矢という仲間がおり、彼らをまとめているのが湯来ノ盛惟に仕える久那という呪者でした。
ほかにも少なくない人々が登場しますが、文庫本ではその冒頭に登場人物の一覧が設けてありますし、ウィキペディアにもまとめてあります。
『狐笛のかなた』の感想
物語は小夜と野火の二人(?)を軸として、春名ノ国を治める有路(ゆうじ)ノ一族と湯来ノ国を治める湯来(ゆき)ノ一族との争いに巻き込まれていく姿が描かれます。
冒頭に述べたように、本書『狐笛のかなた』は著者の心の中にある日本を舞台にした物語であって、まさに和風ファンタジーというべき作品です。
それは登場人物の名前や地名だけの問題ではありません。物語自体が石の文化ではなく、木の文化の中で展開されています。豊かな森のたたずまいの中で展開されるのです。
また、本書でも『守り人シリーズ』に出てくるナユグと呼ばれる異世界に似た、この世と神の世の狭間にある「あわい」と呼ばれる異世界が登場します。
この「あわい」の在りようが、ナユグとは名前だけではなく、異世界そのものが異なる様子を実際に読んで確認をしたもらいたいと思います。
しかしながら、舞台は和風であっても、主人公は上橋菜穂子の作品の登場人物らしく力強く、そしてたくましく生きていきます。
逆境にあっても常に前を見て、困難な状況を乗り越えていこうとする姿は胸を打つのです。
また、小夜を支える人たちや、敵役として設定されている人物たちにしても、その立場に応じて魅力的に描き出されているのはさすがなものだと感じます。
本書『狐笛のかなた』のような日本を舞台委にしたファンタジーといえば、梨木香歩の『家守綺譚』があります。
亡くなった友人の実家の家守をしている人物が、四季折々にその家の周りで起こる奇妙な現象を情緒豊かに描いた作品で、かなりの読み応えがあった作品です。
また、畠中恵の『しゃばけシリーズ』は江戸時代の日本を舞台にしています。一冊だけ読んで私の好みとは異なったのでそれ以降は読んでいませんが、軽く読めるファンタジーとして人気を博しているシリーズです。
