『蝦夷の侍 風の市兵衛 弐』とは
本書『蝦夷の侍 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐シリーズ』の第十四弾で、2024年10月に祥伝社文庫から344頁の文庫本書き下ろしとして出版された、長編の痛快時代小説です。
この頃、マンネリとの印象が強い本シリーズですが、本書はその印象が払しょくされてはいないものの、面白く読めたほうではないかと思います。
『蝦夷の侍 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ
西蝦夷地アイヌの集落に、江戸の武士がいるという。元船手組同心の瀬田宗右衛門は、その蝦夷の武士が十二年前の刃傷事件で義絶した、長男の徹だと確信する。この夏、跡を継いだ次男の明が成敗され、瀬田家は改易の危機にある。二つの事件に過去の因縁を疑う宗右衛門は、唐木市兵衛に徹の捜索を頼む。だが海路をゆく市兵衛らを、鉄砲を構える“おろしゃ”の賊が阻む。(「BOOK」データベースより)
『蝦夷の侍 風の市兵衛 弐』の感想
本書『蝦夷の侍 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐シリーズ』の第十四弾となる長編の痛快時代小説です。
マンネリとの印象が払しょくされているわけではないものの、この頃の作品の中では面白く読めたほうではないかと思います。
ある事件が元で江戸を出奔したある侍が蝦夷で生きているという噂をもとに、蝦夷地までその侍を探しに行く唐木市兵衛の姿が描かれています。
その侍は名を瀬田徹といい、同僚の尾上陣介という男に斬りつけたことで江戸を離れることになったのです。
ところが、瀬田家の跡を継いだ弟の瀬田明が乱心し剣を振りまわしたため、同じ尾上陣介が切り捨てたという事件が起きます。
そのため、瀬田家の今後のためもあって市兵衛が徹を探しに行くことになったのです。
この作者辻堂魁の他の作品と同じく、本書でもいろいろな事柄が詳しく説明してあります。
まずは、本書の主役となる瀬田家の役職である船手組のことに関しての説明があります。次いで、蝦夷地の産業や商売の仕組みなどが語られ、アイヌの暮らしについてもまたかなり詳しい解説が為されています。
辻堂魁の作品はそうした舞台背景が詳細に語られ、さらには当該の場面や情景もかなり緻密に描かれています。
ところが、他の箇所でも書いたことではありますが、シリーズ当初と異なり、その語りや情景描写がどうにも説明的であり、物語の流れに乗れていないと感じるようになってきたのです。
本シリーズは「渡り用人」という、期間を区切って雇われ家政のやりくりを行う侍としての唐木市兵衛という浪人者を主人公とし、武家社会における経済の一端が描かれるところにその魅力の一端があったと思うのです。
ところが、江戸期の経済の仕組みという点は簡略になってきていて、またその解説が説明的に感じられるようになってきたのです。
そして、これが一番の難点だと思うのですが、シリーズも長くなり、似たような物語の舞台が設定されることもあり、どうしてもマンネリと感じるようになってきました。
本書は舞台の一端を蝦夷地に設けることですこしは個性を出してあり、指摘したマンネリ感も少しは払しょくされていると思いました。
しかしながら、本書の主役となる瀬田徹の描写も浅く感じられ、また市兵衛の蝦夷地への旅程も特に取り立てて言うこともなく終わっています。
また、本書の結末そのものは別として、結末へと至る過程が実にあっさりと処理されてしまい、どうしても物足りなく感じてしまったのです。
せっかく市兵衛の親友である返弥陀ノ介も登場させたのに、その登場にどれほどの意味があったのかも分かりません。
それも、本書の描写が緻密に描かれすぎていることが、ストーリーを展開させる余裕をなくしたように思えるのです。
もともと、主人公のキャラクター設定やそのストーリー展開に魅力を感じファンになった本シリーズです。
また、シリーズ当初のような高揚感をもたらしてくれるような物語を期待したいと思います。