『女房を娶らば 花川戸町自身番日記』について
本書『女房を娶らば 花川戸町自身番日記』は『花川戸町自身番日記シリーズ』の第二弾で、2012年9月に二見時代小説文庫から、2020年11月に祥伝社文庫から342頁の文庫として出版された、長編の人情時代小説です。
第一弾の『神の子』と同じく、とても切なさの漂う物語集で、しかし私の好みに合った作品でした。
『女房を娶らば 花川戸町自身番日記』の簡単なあらすじ
浅草花川戸近くの橋場町の渡しで追剥ぎ騒動があった。疑われたのは自身番の書役可一が妹のように可愛がっているお志奈の亭主三太郎だった。三太郎は札付きのろくでなしで、用心棒風体に攫われてしまう。身を案じたお志奈は、単身、仰天の救出行に打って出た!そこで出会ったのは、病弱の夫を養う浪人の妻、南町奉行の妻ー三者三様の夫婦の絆を描く至高の時代小説。(「BOOK」データベースより)
『女房を娶らば 花川戸町自身番日記』とは
本書『女房を娶らば 花川戸町自身番日記』は、『花川戸町自身番日記シリーズ』第二弾の人情時代小説です。
本書もまた、前巻と同様に切なさに満ちた物語となっていて、物語の展開も私好みの話になっていました。
本書は目次こそ「第一話」として短編のような印象ですが、第一巻とは異なり短編集ではなく一編の長編小説でした。
第一話「ろくでなし」は三太郎というろくでもない男の話であり、第二話「無謀」は三太郎の健気な若妻のお志奈が巻き起こした事件を中心とした話、第三話の「国士無双」は槍の名手と称えられた小田切常敏とその妻の須磨という食い詰め浪人夫婦の物語だと一応は言えても、少々無理を感じます。
第四話「のるかそるか」は、これまでの話の総まとめのクライマックスとなる物語であって、全体として一編の長編というしかありません。
本書『女房を娶らば 花川戸町自身番日記』では三組の夫婦の物語が語られていると言えそうです。
女房の願いを裏切り続ける三太郎と、その三太郎のために思い切った行動をとる健気なお志奈の切なさに満ちた話がまずあります。
それに、駆け落ちはしたものの夫は病に倒れて日々の暮らしにも事欠き、妻の須磨は女郎になってしまう夫婦の話があります。
そしてもう一組、南町奉行と公家筋のお姫様育ちという後添えの奥方である瑞江の話も先の二人に絡んできて、三組の夫婦の物語ともいえそうです。
話のメインはこの三組の夫婦の女たちです。そこに、花川戸自身番の書き役である可一や第一巻にも登場した手習いの師匠をしている高杉哲太郎、それに南町奉行所定町廻り方同心の羽曳甚九郎という男どもが振り回されるのです。
丙寅の火事によって父親を亡くしたお志奈は母親と共に花川戸に越してきて、可一を兄さんと慕っていました。
ところがそのお志奈が、やはりどうしようもない父親に捨てられ一人になり、悪さばかりして町内の鼻つまみ者になっていた三太郎と所帯を持ったのです。
その三太郎が更なる悪事を引き起こし、命を取られそうになったために、予想外の行動をとるお志奈でした。
こうしてお志奈と瑞江にとって少々都合のいい話が展開します。しかし、そうしたご都合主義的な話の進行もそれほど気にならずに読み進めることができるのは辻堂魁という作者の語り口の上手さでしょうか。
クライマックスも、その大仕掛けな捕物のありようもさることながら、結末も意外な様相を見せる展開となり、読み手の心情も納得させるうまい終わり方になっています。
冒頭に述べたように、本書『女房を娶らば 花川戸町自身番日記』は全体的に切なさが漂う雰囲気を持っていますが、それは辻堂魁という作者の紡ぎ出す物語の一つの特徴だとも言え、個人的には非常に好ましく、私の波長にあった物語となっている作品でした。
ただ、この作品のあとがなぜか書かれていないのです。せっかく面白いシリーズとして展開しているのですから続編が書かれることを期待したいと思います。