北町奉行所吟味方与力助・鼓晋作は、江戸町会所七分金積立の使途不明金を探索していた。七つの町を取り締まる平名主・逢坂屋孫四郎を横領の疑いで詮議立てする直前に、孫四郎雇いの書役である藤吉が、姿をくらました。さらに藤吉の住家で、惨殺され血塗れの双親と女房の無残な死体が発見され、まだ乳飲み子の姿が消えていた。この一件は、お調べの手が迫り、使い込みの発覚を恐れた藤吉が錯乱し、一家無理心中を謀ったあと、小名木川に身投げしたとして処理され、藤吉ひとりの仕業として一件落着された。だが、事件から十一年後、使途不明金に関わりのあった者らが次々と殺されてゆく。情けと剣の傑作長編時代小説。全面改稿のリニューアル版!(「BOOK」データベースより)
本書は「吟味方与力人情控」シリーズの第一巻である長編の痛快人情時代小説です。
これは辻堂魁の小説に限ったことではないのですが、辻堂魁の物語では特に、よく調べられた江戸時代の行政の仕組みを、その仕組みを利用した犯罪などが物語の中心に据えられ、展開している話が多いようです。
本書の場合、それが江戸町会所の七分積立使途不明事件です。
本書本文によりますと、「江戸町会所」とは寛政の改革の折に江戸町民救済施設として常設された金融機関であり、その会所を維持するために設けられた各町入用平均額の余剰分七割を積み立てる貯蓄制度が「七分金積み立て」だそうです。その「使用目的は囲籾買入れ、米蔵の修理、窮民店賃貸付や米銭交付になっている」とありました。
そして本書では、この「七分積立金」の使い込みの責めを負わされた逢坂屋孫四郎雇い書役の藤吉という男の姿が語られています。
本「吟味方与力人情控シリーズ」は、該当の項でも書いたように2008年に学研M文庫から出版されたものに大幅に加筆修正され、2015年にコスミック出版から出版されたものです。
即ち、殆ど辻堂魁のデビュー後まもなく書かれた作品と言え、それだけに今の辻堂魁の作品群と比較すると、より通俗性が高いように感じます。
より直接的に感情に訴えかける表現などが多用され、少々くどくも感じました。
修辞法使い方の問題なのか、美文調と言っていいものなのか、こうした技法を何というのかは知りませんが、ストーリーの構成の仕方とも相まって、より通俗的になっているという印象です。
こうした作品に接したときにいつも感じるのが、山本周五郎の初期の作品とそれ以外、特に後期の作品との差異です。
初期の作品では講談調の文章がそのままに記されているのに対し、後期の作品での文章の格調の高さは、全く異なる作品となっているのです。
従って、私の好みからすると本書は少々くどさを持っている作品だということになるのですが、それでもなお珍しい「与力」を主人公に据えた物語であることもあって、痛快時代小説としての面白さはあると言えるでしょう。