『図書館の魔女 高い塔の童心』とは
本書『図書館の魔女 高い塔の童心』は『図書館の魔女シリーズ』の第七弾で、2025年2月に講談社から224頁のソフトカバーで刊行された、長編のファンタジー小説です。
マツリカの物語という当方の事前の思惑とは異なり、半分はマツリカの祖父であるタイキの仕事の話でしたが、読了後はやはり深く心に残る物語でした。
『図書館の魔女 高い塔の童心』の簡単なあらすじ
リブラリアン・ファンタジーエピソード0。多様な都市国家の思惑が交差する海峡地域。その盟主、一ノ谷には「高い塔の魔法使い」と呼ばれる老人タイキがいた。歳のころ六、七である孫娘マツリカは、早くに両親を亡くし祖父のもとに身を寄せている。ある日、タイキを中心に密談が交わされた。海を隔てた潜在的敵国・ニザマとの海戦に備えてのものだった。一方、マツリカは好物の海老饅頭の味が落ちたことを疑問に思い、その理由を解き明かそうとする。国家の大計と幼女の我が侭が並行し、交錯していく…。(「BOOK」データベースより)
『図書館の魔女 高い塔の童心』の感想
本書『図書館の魔女 高い塔の童心』は『図書館の魔女シリーズ』のエピソード0というべき物語です。
まだマツリカが「図書館の魔女」になる前、マツリカの祖父であるタイキが活躍している頃の話であって、読書途中での印象は今一つという印象であったものの、読了後はやはり深く心に残る物語でした。
このシリーズの中心人物であるマツリカは本書では未だ六~七歳の幼女です。そして、『図書館の魔女シリーズ』でも重要人物として登場しているハルカゼが議会から任ぜられ、高い塔に出仕し始めてからまだ数ヶ月という頃の話です。
この頃のマツリカは「誰にも心を許していない」子で「話さぬ子、そして笑わぬ子」でした。
それは「高い塔」の現在の主である祖父タイキに対しても同様であり、ただ、ハルカゼと同時期に出仕し始めたマツリカと同じ聾啞者であるイラムという娘とのみ頻繁に話しをしているということだったのです。
この物語はシリーズの本編とは異なり、物語の大きな展開はありません。ただひたすらに「高い塔」での出来事が描かれています。
それもマツリカの日常や、市井で「高い塔の魔法使い」と呼ばれているタイキの為す会議の様子が描かれているだけです。
そうした日常、また会議が描かれていくなかでマツリカやタイキの人となり、そしてこの世界の現況や用間の働きの様子などがさり気なく紹介されていきます。
本シリーズの作者高田大介はその紹介にもあるように言語学者です。だから、といっていいものか、使われている単語や紡がれている文章の成り立ちからして厳密です。その上でその発想が実にユニークなのです。
そして、本書の冒頭で第三次同盟戦争についての言及、つまり起こらなかった第三次同盟戦争は起こるべき原因が無かったのか、それとも起こらなかった原因があったのだろうか、という問題提起が為されています。
こうした物語の導入は読み手の思考を導き、本書の性質を紹介していることでもあり、感心するしかありません。
起こらなかった第三次同盟戦争の理由について解き明かしてあると共に、幼いマツリカの両親や、マツリカが言葉を失うに至った理由などが明らかにされます。
本書『図書館の魔女 高い塔の童心』の特徴を挙げると、先に述べた描かれる会議の内容に尽きるとも言えます。
このシリーズの特徴はというと、一の谷と大国ニザマとの「外交エンターテインメント」とも称されるほどに権謀術数に彩られた外交の様子などの描かれ方が緻密でありながらも、一方ではエンターテイメント性豊かに語られるところにあります。
本書では先代の高い塔の主であるタイキの、覇権国家である大国ニザマとの交渉の様子が語られています。
そして、そこでは集められた間諜たちと共に現状の報告を受けつつ、情報の共有を図るその会議の模様が描かれ、タイキの活動の様子が理解できるように描かれています。
そしてもう一点。こちらの方が本命だと思うのですが、まだ幼いマツリカが言った、提供された“海老蒸し饅頭”についての不味いといった言葉から展開される、“美味い海老蒸し饅頭”の復活劇です。
マツリカが次の「高い塔の魔法使い」の萌芽を見せるその描写は驚き以外の何ものでもありません。
本当はこうしたことを書くこと自体がネタバレとも言うべきことでルール違反かもしれないと思うのですが、この点が本書の面白さのポイントなのです。
先に述べたように本書では具体的なイベントは起きず、ほとんどが会議や世間話の描写に費やされているため、途中まではシリーズ本編に比して面白味が少ないなどと思っていた程ですから。
しかしながら本書では、些細な会話の中に国家間の情勢を左右するほどの重要な情報が含まれていることもある事実を教えてくれたシリーズ本編と同様のことを知らしめてくれていたのです。
途中まで、単純に物語の起伏に乏しいことを不満に思っていた自分を情けなく思います。
そして、最後に『高い塔の童心』という本書の副タイトルに込められた大きな意味を思い知らされることになるのです。
本書『図書館の魔女 高い塔の童心』のように世界観が緻密に構築された日本のファンタジーと言えば、まずは上橋菜穂子を挙げるべきだと思います。
その作品としては『守り人シリーズ』などがありますが、どの作品も文化人類学者でもある著者の作り込まれた世界観が見事です。
次いで、個人的には小野不由美が浮かびます。何と言っても『十二国記シリーズ』の魅力的な世界が忘れられないのです。
ほかにも多くの紹介すべき作品がありますが、ここでは紹介しきれません。
ちなみに、作者のX(エックス)によれば、「 図書館の魔女続編の『霆ける塔』は脱稿まで後少し。」とありますので近く刊行されることを期待しています。