『烈風を斬れ』とは
本書『烈風を斬れ』は、2025年6月に双葉社から304頁のハードカバーで刊行された長編の時代小説です。
砂原浩太朗の物語にしては、感情移入しにくい、今一つ乗り切れない作品でした。
『烈風を斬れ』の簡単なあらすじ
太閤・豊臣秀吉により自害に追い込まれた関白・豊臣秀次の遺児である孫七郎は、「大坂の陣」前夜、大坂方の密使として、全国に散らばる牢人たちを仲間に引き入れる役目を受ける。家臣の源蔵、大坂方からの目付である左門とともに、最初に向かったのは紀州・九度山に蟄居する真田幸村(信繁)のもとだったが、そこで謎の武士に襲われてしまうー。なぜ父は自害に追い込まれたのか。おのれは何者なのか。そして、孫七郎を襲う武士の正体とは!?若者は旅を通して自らに向き合い、成長していく。戦国の烈風にさらされながらも、前を向き歩く若者たちの物語。(「BOOK」データベースより)
『烈風を斬れ』の感想
本書『烈風を斬れ』は、砂原浩太朗の作品としては珍しく物語に感情移入がしにくく、今一つ乗り切れないと感じた作品でした。
この物語の主人公は三好孫七郎という名の若者で、大坂の陣を目前にして豊臣方に味方してくれる人材を集めるために各地を旅する様子が描かれています。
三好孫七郎は、関ケ原の戦いの五年後に詰め腹を切らされた豊臣秀吉の甥である豊臣秀次の子という設定です。
三好孫七郎という名は関白秀次の前名だそうで、そのこと自体が豊臣にとっては大きな意味を持っています。
孫七郎に付き添い、共に旅を続けるのが孫七郎の従者である武藤源蔵と、大坂方からの目付である水木左門という男でした。
そして、物語に色を添えてくれるのが左門の妹のくにという女性です。
この水木左門は、大阪方つまりは淀の方からの目付役として同行しているのですが、くには随時孫七郎の前に現れます。
本書は、後述のように主人公である孫七郎のロードムービーであり、成長物語だということだそうですが、とにかく物語の展開がありません。
主人公が勧誘のために各地の主要牢人を訪ねるのはいいのですが、エンタメ作品としての物語の抑揚が感じられないのです。
確かに、真田幸村を訪ねたときに正体不明の襲撃者があったり、旅の途中で梟と名乗る謎の人物につきまとわれたりと、それなりの展開は用意してあるのですが、この作者の筆にしては平板にしか感じられません。
さらに言えば、砂原浩太朗の魅力の一つである情景描写があるにはあるのですが、その描写が物語に寄与していると感じられないのです。
この作者の情景描写の巧みさは、場面ごとの単なる舞台背景を超えて、その場の光や風、音といった五感にまで訴え、物語に深みをもたらしてくれるものがあります。
その魅力が今回は全くないとは言いませんが、ほとんど感じられませんでした。
作者は、本書に関して「青春ロードノベル的なものを書きたいという思い」があったとインタビューで答えておられます( ダ・ヴィンチWeb : 参照 )。
確かに、主人公の三好孫七郎が源蔵と左門とをともに全国を旅する姿はロードノベルではあります。
しかし、前述のように本書ではいつものようには土地土地の匂いなどの雰囲気をもたらしてくれません。
九度山であろうと四国の土佐地方であろうと、孫七郎が立つ場所の違いがあまり感じられません。加えて、前述の物語の抑揚が感じられないのです。
ただ、孫七郎の成長の様子を描く、という作者の意図はそれなりに成功しているようです。
物語が進むにつれ、秀次の遺児という自分の立場についての考えは進み、今後の自身の途についてもより深い考察ができるようになっているのです。
でも、そのことがこの作品の面白さに結びついているかといえばそうは思えないのです。
歴史の間隙を虚構で埋め、新たな歴史を創造するという伝奇小説的な意味でもあまり成功しているとは思えませんでした。
真田幸村や後藤又兵衛、そして福島正則など様々な歴史上の人物が登場します。そして孫七郎に色々な言葉を授けていき、孫七郎は成長していきます。
でも、何故かこの作者のデビュー作である『いのちがけ 加賀百万石の礎』のほうがより面白く、楽しく読めたと思うのです。
砂原浩太朗の作品だからこそ、ハードルが高くなっているとは思いますが、それでもなお、辛口の評価にならざるを得ませんでした。
青山文平と並んで、今の時代劇作家の中で好きな作家さんの一人だけに残念でした。