久しぶりに幹次郎を訪ねてきた左吉。身代わりで入牢した間に財産を盗まれたという。それが吉原を巻き込む陰謀の一端と想像もしなかった幹次郎だが、周囲を危難が襲う。引手茶屋・喜多川蔦屋の沽券が狙われ、会所頭取・四郎兵衛には南北町奉行から圧力が。決死の幹次郎は吉原を守るため、ある危険な賭けに出る―。冬を迎える吉原が緊迫する、シリーズ第四弾!(「BOOK」データベースより)
吉原裏同心新シリーズの第四弾です。
前巻まで何かと問題があった桜季もやっと立ち直りつつありました。
ところが今度は、身代わりの佐吉が幹次郎に会いに来てドジを踏んだと言ってきます。
身代わりで入牢している間に依頼人の店は畳まれており、口利きした人物は殺され、その上に佐吉が塒に貯め込んでいた金子がそっくり盗まれていたというのでした。
一方、読売屋の門松屋壱之介という男は幹次郎に、引手茶屋の喜多川蔦屋が見世仕舞いをし、そのうえ面番所の村﨑季光同心が喜多川蔦屋の新しい主の饗応を受けているという話を伝えます。
また、吉原会所の七代目頭取の四郎兵衛は南北両町奉行から頭取の辞任を示唆されたらしいのでした。
やっと桜季のことが落ち着いてきたと思っていた矢先、再び吉原の存続そのものに関わりかねない事件が起きます。
本書では新しく門松屋壱之介という男が登場します。この男は読売屋と板元を兼ねた仕事をしており、仕事柄かなりの情報通であり、何かと幹次郎に情報を知らせてくれます。
しかし、その正体はまだ何もわかってはいません。多分、本シリーズの今後にもかかわってくるのではないでしょうか。
この情報は当然幹次郎の出番となり、番方らにも知らせずに密かに動くことになります。
また、本書では喜多川蔦屋という引手茶屋が舞台となります。この喜多川蔦屋はその名が示すように、蔦屋重三郎の養家です。
蔦屋重三郎は吉原の生まれであり、山東京伝らの黄表紙・洒落本や、喜多川歌麿や東洲斎写楽の浮世絵などの出版で知られる人物です。寛政の改革で身代半減の処罰を受けたことでも知られています( ウィキペディア : 参照 )。
この蔦屋重三郎を描いた作品としては、例えば 宇江佐真理の『寂しい写楽』という作品などがあります。この作品は、その実像が分かっていない東洲齋写楽の正体を探る作品で、蔦屋重三郎を寛政の改革令に反旗を翻した浮世絵板元として描いています。
本書での更なる登場人物として浅草弾左衛門という人物がいます。
これまで、吉原の南西側にある「浅草溜」の車善七は何度か登場してきていました。今回はその善七をも支配していたとされる浅草弾左衛門が登場します。
浅草弾左衛門は、江戸の身分制度のなかで、被差別民の支配者として絶大な力を持っていたとされる人物です( ウィキペディア : 参照 )。
幹次郎は車善七に加え、弾左衛門までも味方につけ、次第に強大な力を身につけていくことになります。
私らの世代では江戸時代の被差別民を描いた作品としてはまず白戸三平の『カムイ伝』が思いかびます。抜け忍の物語ですが、単なる漫画を超えた意味を持つ作品として、当時の大学生などに億読まれた作品でした。
本書の敵役は直接的には「公用人」を名乗る坂寄儀三郎という人物ですが、その背景には、坂寄が仕えていると公言している老中の松平定信の姿が垣間見えます。
この松平定信が吉原の明確な敵として表舞台に出てくるものなのか、今後の展開を待つしかないと思われます。