大沢 在昌

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夜刑事』とは

 

本書『夜刑事』は、2024年10月に文藝春秋から278頁のハードカバーで刊行された、長編のハードボイルド作品です。

本作が通常の物語とは異なる設定のためか、この作者の作品にしては今一つの印象でした。

 

夜刑事』の簡単なあらすじ

 

「俺は、苦しくても警察にいつづける」

警察から憎まれ、犯罪者から狙われた、かつてなく孤独な刑事。
暗闇でしか活動できない“夜刑事(ヨルデカ)”の岬田は、絶望と背中合わせの捜査に当たるーー。
「新宿鮫」シリーズ、「狩人」シリーズから連なる、新たなる傑作刑事小説の誕生。
著者史上、最も孤独で美しいヒーローをフルスロットルで描く、待望の新シリーズ!

主人公は、全く新しいキャラクターの刑事。
犯罪者だけでなく同じ警察官からも憎まれ、これまでに書いてきたどの刑事よりも孤独で、絶望と背中あわせの日々を生きている。
また書きたいと思った主人公は久しぶりです。
ーー大沢在昌

【あらすじ】
ヴァンパイアウイルスと呼ばれる未知のウイルスに感染し、夜しか活動できなくなった刑事の岬田は、その代償として、極端に研ぎ澄まされた五感を手に入れた。岬田は、ウイルスに感染した犯罪者たち、そして感染者を排除しようとする活動家たちの思惑に巻き込まれながらも特命任務にあたり、ウイルスを感染させた元恋人の明林を捜そうとするーー。(内容紹介(出版社より))

 

夜刑事』の感想

 

本書『夜刑事』は、吸血鬼に似た症状を呈するウイルスに感染した刑事を主人公とする、長編のハードボイルド作品です。

「新宿鮫」シリーズ、「狩人」シリーズから連なる、新たなる傑作刑事小説の誕生」という謳い文句のわりには、吸血鬼類似の世界設定のためか今一つ感情移入しにくい作品でした。

 

主人公は、あるウイルスに感染している岬田(さきた)という刑事です。

このウイルスは、感染すると激しい紫外線アレルギーを発症し、直射日光の下では視力を失い、皮膚は火脹れを起こしてしまうという、まるで吸血鬼になったかのような症状を呈するため「ヴァンパイアウイルス」と呼ばれています。

もともと公安部公安総務課に勤務していた岬田でしたが、ウイルスに感染したために警視庁組織犯罪対策部国際犯罪対策課へと異動してきたものです。

本来であれば感染した時点で退職するところを現在の上司である前川課長に拾われたもので、現時点では警察官ではただ一人の感染者です。

岬田には呉明林という名の恋人がいましたが、彼女によってウイルスを注射されたことにより感染者となったものでした。

藤和連合所属の暴力団員を探している暴対の刑事を感染者が集まる「トコヤミ」という店に案内したときに、明林によく似た印象のマコという女と出会い、岬田は感染者全体に影響が及ぶ大事件へと巻き込まれていくのでした。

 

吸血鬼をテーマにした作品は、S・キングの『呪われた町』を始めとして種々の作品がありますが、吸血鬼もしくは吸血鬼類似の存在を主人公にしたハードボイルド作品は読んだことはありません。


ただ、かなり昔ですが、吸血鬼ではなく狼男を主人公に据えた平井和正の『ウルフガイシリーズ』がありました。

本書とは異なり、能天気な狼男を主人公とした作品であって、かなりはまって読んだものです。

この作品から大藪春彦を知り、私がハードボイルド小説に目覚めた作品でもあります( 下掲紹介リンクはKindle版です )。

 

本書『夜刑事』の物語の状況としては、ヴァンパイアウイルス非感染者による感染者に対する忌避、そして差別という対立があります。

そして、非感染者の集団として外国人感染者を痛めつける「ヴァン・ヘルシング」という集団がいて、一方で感染者のグループには「無常鬼」という集団がいます。

その「無常鬼」という集団の中には、ウイルス攘夷主義者の「ヴァン・ヘルシング」のリーダーを殺害しようとしているグループがあり、ほかにウイルスの拡散を目論む集団もいます。

こうした中、感染者のことを理解できる警察官として位置づけられるのが感染者の岬田だけであり、その存在が両者の橋渡しとなることが期待されているのです。

 

本書の設定は、「ゾンビウイルス」感染者に対する強烈な拒否感や差別など、コロナ禍での私たちの状況を思わせる設定であり、当時の国民に対する風刺としての意味も持たせていると思っていました。

ところが、作者自身はそういう思いは全くなかったそうです( zakzak : 参照 )。

 

そうしたエンターテイメントに徹した本書ですが、この作者の作品にしてはどうも今一つ乗り切れない、というのが正直な感想です。

ハードボイルド作品の舞台設定として、これまでにない新しい舞台を設けようとしたというのは分かります。でも、今一つのめり込めないのです。

これは、やはりヴァンパイア類似の症状を持つ感染症に侵された世界という舞台設定が、読み手の側で今一つ消化できていないためではないかと思われます。

また、魅力的な悪役が存在しないことも理由の一つかもしれません。

 

そしてまた主人公が感染した原因になった元恋人の呉明林や謎の女であるマコ、それにヴァンパイアウイルスそのものなど、物語世界の背景が判っていない点が少なからず存在します。

この点について作者は、上記と同じ個所で「今後シリーズ化するのであれば、その中でより深く説明していければと思います」と発言されています。

本書『夜刑事』では、岬田のようなこれまでにない孤立した刑事がいることを描きたかったそうです。

舞台背景のより深い展開も含め、種々の不明点がシリーズ化されることで明確化されることを期待します。

[投稿日]2025年03月11日  [最終更新日]2025年3月11日

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