『柩の狩人』とは
本書『柩の狩人』は『狩人シリーズ』の第六弾で、2026年5月に幻冬舎から644頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。
シリーズ第五巻『冬の狩人』同様にこのシリーズの近時の傾向のままに、佐江刑事の物語として展開されています。
『柩の狩人』の簡単なあらすじ
老朽化したビルが突如崩落。その夜、歌舞伎町に轟音が響いた。死者10名、負傷者8名。未曽有の大惨事の中、警視庁は二人の遺体の特定に難航する。それは、背中に虎の入れ墨のある男と、名義の異なる複数の会員証を持つ女だった。二人の身元特定を頼まれた新宿署の佐江は、死者の中に後輩刑事・滝の名を見つける。だが池袋分駐所に配属される滝が、現場にいたことに違和感があった。彼は何をしていたのか?同じ疑問を持った滝の元妻の秋絵と共に、佐江は犠牲者たちの足取りを追う。すると、18年前に起きたある未解決事件と滝との繋がりが発覚。死者の中に未解決事件の関係者がいたのではないかー。捜査は予期せぬ方向へと転がり始める。新宿署の一匹狼が、“柩”に葬られた謎を追う。予測不能。極上のノンストップ・エンターテインメント!(「BOOK」データベースより)
『柩の狩人』の感想
本書『柩の狩人』は『狩人シリーズ』の第六弾で、新宿署の型破り刑事を主人公とした長編の警察小説です。
著者の大沢在昌らしい濃密なハードボイルド作品であり、警察小説です。
このシリーズ当初に見られた、巻ごとに異なる主役とその脇を支える佐江刑事という物語ではなく、佐江刑事個人の物語として描かれる近時の傾向のままの物語でした。
本『狩人シリーズ』は、巻ごとに登場する個別の魅力的な登場人物の活躍があって、そこに佐江がからむ点こそが魅力の物語だと思っていました。
しかし、先に述べたようにここ数巻では佐江刑事個人の物語として描かれるようになり、本書もその例にもれず佐江刑事の活躍を中心に描かれた作品となっています。
ただ、だから本作品が面白くない、と言っているわけでは決してなく、エンタメ作品として面白いのはもちろんです。
本書は先に書いたように新宿署の型破り刑事を主人公としていますが、大沢在昌の作品にはもう一人新宿署の型破り刑事が存在します。それが『新宿鮫シリーズ』の鮫島刑事です。
本書中でも「新宿署には永年、異動の対象とならない警察官が二名いる。一名は生活安全課の警部で、もう一名が佐江だ。」と触れられています。
両方のシリーズのファンとしては、二人の主人公が同じ物語世界で共存しているという設定は実に楽しみなのですが、この頃の佐江の物語はそのまま鮫島に置き換えても成立するのではないかと思えるのです。
もちろん、鮫島と佐江とではキャラクターは異なるし、キャリアである鮫島に対する晶という恋人の存在があるなど、二人の間には大きな差があるのはわかっています。
結局は、シリーズ初期のような作品が好みだと言っているだけです。
物語は、さすがに作者の大沢在昌の物語らしく複雑で、当初は新宿の中華料理店の入ったビルの崩落事故から始まった話が、日本のやくざはもちろん、中国系マフィアや北朝鮮工作員まで絡んでくるようになります。
その上で、話をまとめていくのですからさすがです。
新宿歌舞伎町の「東京油脂ビル」通称「アブラビル」の四階の床が崩落し、そのビルで唯一営業していた老舗の中華料理店の客から複数の死者を出す大事故が起きます。
死者の中には佐江の知り合いだった機捜時代の佐江の後輩の滝刑事がいましたが、佐江には身許不明の二人の死者について調べてほしいとの命が下ります。
ところが、その身元不明の死者の背後には思いもかけない事実が隠されていたのです。
佐江刑事個人の物語になっているとはいっても、本書でも佐江と共に調査を手伝う仲間が登場します。
その一人が、この事故で死んだ滝刑事の元妻で、探偵会社「女の砦」の所員だった山崎秋絵という女性です。
池袋分駐所勤務だった滝が、何故新宿の取り立てておいしいわけでもない中華店に一人でいたのか、その理由を知りたいと調査に乗り出していたのです。
そしてもう一人、元公安調査官の生命保険調査員の井川一郎という男も登場しますが、この人物は登場時はこの物語の主軸となるかと思えたのですが、そういうことでもありませんでした。
そのことは、秋絵にしても同様で、どうしても佐江の存在感には勝てないのです。
物語の流れ自体は、さすがに作者の大沢在昌の物語らしく、かなり複雑で気を抜くとおいていかれそうになります。
こうしたストーリーは、物語を書き初めには何も決めていないと言うから驚きです。でありながら、最終的には物語が破綻することもなく、一応の解決を見るのはさすがだと思います。
ただ、このシリーズはファンではあるだけに佐江が脇に回り、主役との関係性を中心に描かれるような物語をこそ期待したいと思います。