闇の黒猫。水際立った手口で大金を奪い去る盗賊は、いつしかその異名で呼ばれていた―。腕が立ち、情にも厚い定町廻り同心・朽木勘三郎と、彼に心服する岡っ引たちは、商家の盗難騒動、茶問屋跡取り息子失踪事件を鮮やかに解き、いよいよ江戸の闇夜に跋扈する「黒猫」の正体へと迫ってゆく…。文芸評論家・縄田一男氏に大器と絶賛された、野口卓、入魂の書き下ろし時代小説。(「BOOK」データベースより)
近年の時代小説の掘り出しものである『軍鶏侍』を書いた野口卓による、北町奉行所定町廻り同心の朽木勘三郎を主人公とした連作の時代短編小説です。
「冷や汗」
呉服・太物商の桜木屋の支配役の金兵衛が、いつ盗られたかは不明だが金百両が無くなっていると言ってきた。勘三郎は、父親が「闇の黒猫」と呼んでいた凄腕の盗賊の仕業ではないかと疑う。
「消えた花婿」
諸国銘茶問屋の大前屋の息子俊太郎が行方不明だという。気が弱く、仲間からの誘いを断れない俊太郎の最後の望みの綱として祝言をあげたばかりだというが、何か隠し事があるらしい。
「闇の黒猫」
夜遅く、塗物問屋の北村屋から出てきた盗人を捉え、この男こそ「黒猫」だとの思う勘三郎だったが、男は名を歌川吉冨という絵師で、一時の気の迷いだと言いはるのだった。
主人公の勘三郎は「口きかん」との異名を持つ同心ですが、その勘三郎についての描写はあまりありません。物語の主体は勘三郎の手下である岡っ引の伸六を中心とした仲間に置かれています。勘三郎や経験豊かな岡っ引きの伸六の指示のもと、若者らは探索し成長していくのです。
この伸六の元に集う朽木組の仲間たちのそれぞれがユニークで、捕物帳の醍醐味を満喫させてくれます。警察小説の分野では良く見られるチームワーク主体の捜査法がここでも見ることができるのです。今野敏の『安積班シリーズ』にその例が見られますね。
メンバーのそれぞれに「減らず口の安」とか「地蔵の弥太」などの一人前のあかしとされる渾名がつけられており、それは見習いである安吉と弥太も同様で「独言和尚」「ぼやきの喜一」と付けられているのです。当たり前ではありますが物語が進むにつれこの安吉と弥太の成長も描かれていたりと思いもかけない楽しみもありました。
ただ、何故か『軍鶏侍シリーズ』ほどの喜びは感じられません。本書は本書として面白い物語ではあります。しかしながら『軍鶏侍シリーズ』の世界観があまりにも私の感性にはまったというところでしょうか。もしかしたら、それは朽木勘三郎の性格づけが明確でないことなどにも起因しているのかもしれません。