『シスター・レイ』とは
本書『シスター・レイ』は、2025年3月にKADOKAWAから416頁のソフトカバーで刊行された、長編のアクション小説です。
軍隊の特殊部隊経験者の女性を主人公にした設定は面白いのですが、外国人の犯罪者たちが入り乱れていて、ストーリーわかりにくいと感じたのは残念でした。
『シスター・レイ』の簡単なあらすじ
東京・墨田区在住の外国人たちの世話役として“シスター”と慕われる能條玲。フィリピン出身の友人女性から頼まれ、彼女の息子を探していた玲は、思いがけず暴力団と外国人半グレ集団との抗争に巻き込まれてしまう。危機的な状況の中、冷静な判断と卓越した戦闘技術で暴力団と半グレたちを制圧する玲。彼女には元フランス特殊部隊のエースという隠された経歴があったのだ。周囲の外国人たちのトラブルを解決していくうちに、やがて玲は下町に隠された国際的な陰謀に直面することになるのだが…。極限アクション×非合法組織の抗争×多国籍社会の現実。予測不能の衝撃エンタメ!!(「BOOK」データベースより)
『シスター・レイ』の感想
本書『シスター・レイ』は、フランスの特殊部隊経験者という女性を主人公にした長編のアクション小説です。
主人公のキャラクターは魅力的なのですが、ベトナムやブラジルの半グレたちに加え、中国の私設軍隊まで加わり、ストーリーがわかりにくく感じました。
主人公は、フィリピンやベトナム出身の友人たちの困りごとを助けていたところ、彼女らから呼ばれ始めた“シスター”というニックネームを持った能條玲という予備校講師です。
高校時代にいじめにあい親戚のいるフランスへ渡り友人を得た玲ですが、その友人はテロに巻き込まれ殺されてしまいます。
復讐心に燃えた玲は不条理なテロを根絶するために警察の特殊部隊GIGNに入隊しますが、結婚し子供も授かったものの、ある事件のために夫や子供とも別れて帰国せざるを得なくなります。
そして、今ではデイサービスを利用している若年性認知症が進行しつつある母親の世話をしながら暮らしているのです。
本書『シスター・レイ』は、アクション小説ではありがちの軍隊や特殊機関で鍛え上げられた戦闘のエキスパートだった人物を主人公とする物語です。
こうした作品では、もちろんストーリーそのものが面白いことが前提ではありますが、いかに魅力的な主人公を作り上げることができるか、が決め手だと思います。
その点本書の作者は、映画化もされた『リボルバー・リリー』という作品などもあって定評があり、面白い作品として仕上がっています。
登場人物については本書の冒頭にも一覧がありますが、一応ざっと挙げておきます。
まず身内として主人公の能條玲、その兄の康平、康平の娘の莉奈がいます。
次いで玲の母親の世話を頼んでいるのがフィリピン人のマイラであり、その息子が礼央と乃亜の兄弟であって、予備校講師の玲が仕事をするためにマイラの困りごとを助けることになるのです。
そして警視庁警備局の乾徳秋参事官が玲を陰ながら助けています。
次にベトナム関係として玲の友人のホアン・トゥイ・リェンがいて、そのリェンの兄がベトナム人による半グレ集団のホアン・ダット・クオンであり、彼ら兄妹の母親がダン・チャウです。
ほかに墨田区役所福祉保健部生活福祉課の宗貞侑、インドネシア人のロン・フェンダース、SNSのみで繋がる正体不明のUm MNDO(ウンムンド)、中国人の王依林、それにブラジル人のアルベルト・メンデスや彼を長老とするコミュニティといった正体不明の人物たちも登場してきます。
最初はマイラの次男の乃亜を助けるだけのはずでしたが、そこに浦沢組などの暴力団やベトナム人半グレ集団が絡んできたり、玲を頼る人間は多く、次第にベトナム人半グレやブラジル人犯罪グループなどの相手をせざるを得なくなり、そして中国の民間組織とも対立するようになってきたのです。
これらの登場人物たちはフィリピン人やベトナム人が多いうえに名前もわかりにくく、さらにはストーリーが結構込み入っており、かなり読みにくい物語になっている、といってもいいと思います。
物語の背景として現代日本の抱える定住外国人などの問題点などが織り込まれており、その状況が事件の背景として設定されています。
そこには定住外国人が犯罪に走らざるを得ない現実や、その人物のために無関係な外国人まで同じように犯罪者扱いをされる事実があるのです。
そうしたストーリの中に、大国の諜報活動の一環としての活動が見え隠れしており、後方攪乱としての行動など思いもかけない背景を教えてくれています。
例えば、一時期テレビでも話題になった中国の秘密警察や、あまり一般には知られていない中国資本が運営する民間軍事会社(FSG)などの働きなど、エンタメ物語の中に潜ませてあるのです。
ちなみに、前述のGIGNやここでのFSGという組織は実在のものです。詳しくは下記サイトを参照してください。
このような実在する国際的な軍事組織や諜報組織などを物語の中に絡ませ、厚みのあるエンタテインメントとして構築するところも長浦京という作家の特徴の一つといえると思います。
こうした事実を知ることも大事なことでしょうし、面白い作品の情報の一つとしても物語に厚みを加えてくれると言えます。
このような実在する国際的な組織や機関、事件などを織り込んで壮大な冒険小説として構築することが得意な作家としては、例えば『機龍警察シリーズ』の月村了衛がいます。
また、我が国に居住する外国人犯罪者たちを相手とするミステリーやアクション作品としては少なくない作品が出版されていますが、ベトナム人の犯罪組織をテーマとする作品としては、大沢在昌の『悪魔には悪魔を』などがあります。
ともあれ、本書『シスター・レイ』は長浦京らしい作品だと言えるでしょう。
しかし、もしかしたら本書はシリーズ化を前提にしているのではないかと思えるほどに、乾徳秋や宗貞侑、王依林などの結構重要な人物たちの描き方が簡単に過ぎると思えます。
この物語のストーリーが掴みにくかった点と合わせて、残念に思ったところです。
とはいえ、さすがに長浦京の作品であり、不満はありながらも面白く読んだ作品でした。