本書『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『リオ』『朱夏』『ビート』と続く、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第四巻目となる長編の警察小説です。
本書『廉恥』は、作者の主人公のキャラクター設定のうまさが光り、また家族やストーカー問題なども絡めた魅力的な面白い作品になっています。
警視庁強行犯係・樋口顕のもとに殺人事件発生の一報が入った。被害者は、キャバクラ嬢の南田麻里。麻里は、警察にストーカー被害の相談をしていた。ストーカーによる犯行だとしたら、マスコミの追及は避けられない。浮き足立つ捜査本部は、被疑者の身柄確保に奔走する。そんな中、捜査の最前線に立つ樋口に入った情報―公立中学や高校に送られた脅迫メールの発信源リストの中に、樋口の娘・照美の名前があったという。警察官の自宅に強制捜査が入れば、マスコミの餌食になることは確実で、処分も免れない。樋口は更なる窮地に立たされた―。組織と家庭の間で揺れ動く刑事は、その時何を思うのか。(「BOOK」データベースより)
本書『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』の出版が二〇一四年四月で、前作『ビート』が二〇〇八年四月の出版ですから、六年という時間が経っています。
前作『ビート』では警察官と家族とのありかた、また父親と息子の問題とが描かれていました。本作でもまた、本来の事件の関係者ではないかと疑われる樋口の娘と樋口との問題が描かれています。
こうした設定は今野敏の『隠蔽捜査』でも見られるような既視感があり、その点が難点と言えば言えるのかもしれませんが、そうした点を考慮してもなお面白い小説であることに間違いはありません。
更には本書『廉恥』ではストーカ犯罪が一つのテーマになっていて、警察庁から派遣されてきた小泉蘭子刑事指導官がストーカー事案の専門家として意見を述べています。
これらの仲間の力を借りながら事件の真相に近づいていく書き方は勿論定番ではありますが、内省的な主人公キャラクタ設定のうまさや、家族の問題をも絡ませることで主人公の人間的な深みをも描き出すうまさなどをいつも感じさせられます。
そして、今野敏の物語に感じる、人情話にも通じる物語の運び方は、心地よい読後感をもたらしてくれるのです。
そういう点では面白いと感じる小説の殆どには物語の根底に人情話を潜ませていると言っても過言ではないと思っています。
そうした観点で見ると例として拾い出すのが困難なほどに多くの作品があります。近時読んだ本で言うと柚月裕子の検事の本懐も例として挙げることができるでしょうし、本書とは異なる冒険小説という分野では、元傭兵のクリーシィがマフィア相手に戦う物語であるA・J・クィネル の『燃える男』もそうでしょう。
物語が読者の心を打つ根源的なものは、結局は心同士のつながりにあるというところでしょうか。
なお、本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』はNHK、テレビ東京、WOWOWと繰り返しテレビドラマ化されており、樋口顕役も鹿賀丈史、緒形直人、内藤剛志と演じています。