本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』は『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』第六弾の、新刊書で258頁の短編の警察小説集です。
諸橋係長のもとで活躍する暴対係の面々の紹介を兼ねたエピソード集で、楽しく読め作品集でした。
『大義 横浜みなとみらい署暴対係』の簡単なあらすじ
俺たちの所轄(シマ)で暴力は許さない!
「ハマの用心棒」諸橋と陽気なラテン系の相棒・城島、
人間味溢れる刑事たちの活躍を描くスピンオフ集。(「書籍紹介」より)
タマ取り
ベテランの巡査部長の浜崎吾郎が、もう七十歳になる本牧のタツと呼ばれている男が「常磐町のとっつぁん」こと神風会組長の神野義治のタマを狙っているという話を聞き込んできた。諸橋と城島は早速神野の家へと向かうのだった。
謹慎
巡査部長の倉持忠が駆けつけると、路上に倒れている三人の男の前に諸橋と城島とが戸惑った様子で立っていた。県警本部組対四課の土門と下沢という二人が駆けつけ倒れた三人を引き取っていったが、それからすぐに諸橋と城島の身柄が拘束されてしまうのだった。
やせ我慢
浜崎が安伊坂組の若頭だった稲村力男が出所し城島にお礼参りに来ると言っている話を聞き込んできたが、城島は放っておけという。城島にあこがれている日下に対し、気が弱かった昔の自分を引っ張ってくれた城島のことを話す浜崎だった。
内通
横浜みなとみらい署暴対係の八雲を始めとする捜査員は、県警本部の捜査員たちと共に狙いをつけていた売人の川森に職務質問をするが空振りに終わっていた。そこで情報漏洩が疑われ、県警本部警務部監察官室の笹本康平が横浜みなとみらい署暴対係にやってきた。
大義
監察官の笹本康平は佐藤実県警本部長から、みなとみらい署の暴対係が常磐町の神風会を特別扱いする理由を調べるようにと命じられた。そこにみなとみらい署管内で抗争事件に発展しそうな暴力団同士の傷害事件が起きたことから、笹本は諸橋と城島に張り付くことにした。
表裏
諸橋と城島とが常盤町の神野のところに行くと、暴力団を任侠団体といい、ヤクザを侠客と呼びたがる増井治と名乗るフリーライターと鉢合わせをした。神野から取材を断られた増井は諸橋と城島とに張り付くことにしたようだった。
心技体
諸橋は神奈川県警の暴力団対策課から、管轄外の戸部警察署管内の暴力団事務所の家宅捜索に参加するように言われた。暴力団対策課第二係の笠原靖英係長は、暴力団と変わらない外見の浜崎とともにいる倉持の見た目から、配置替えした方がいいのではないかといってきた。
『大義 横浜みなとみらい署暴対係』の感想
本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』は、横浜みなとみらい署暴対係のメンバーそれぞれに焦点を当てて「横浜みなとみらい署暴対係」の活動を浮き彫りにしている短めの作品集です。
今野敏の描く短編は、長編と同様にまとまりがあって面白さをもっていると思っていたのですが、本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』に関しては、今一つのめりこめないとの印象を持ちながら読み進めていました。
というのも、今野敏の物語にしては話が単純に過ぎ、登場するキャラクターたちの持つ魅力で何とか救われているけれど、読後に何も残らない印象だったのです。
しかしながら、読み進めるうちにやはりいつの間にか引き込まれていました。
確かに、本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』の短編は発生する事件が単純で、事件発生から解決まで一直線です。
しかし、本書はそもそも新刊書で258頁という薄い本でありながら全部で八編の短編が収納されています。
ということは複雑な筋立てを盛り込みようもなくて単純な設定であることは当然で、その点を疑問に思う方がおかしいといえばおかしいのです。
また、例えば「表裏」に登場する増井のように人物造形がステレオタイプで、物語のストーリーも先が読めてしまう作品もあります。
でも、先は読めてもこの話としての面白さが無くなるかといえばそうではありません。
それは、諸橋や城島たちのキャラクター造詣がよくできているため物語として色が褪せていないからでしょう。
そもそも、今野敏の作品は長編であっても物語の構造そのものは単純なものが多いと思われます。
でありながら、それぞれの登場人物は、それぞれの立場で事件の背景に目をやりつつも人間関係にまで腐心する姿を丁寧に描いてあります。
その上で、各登場人物たちは、結局は組織の一員としての行動を尽くしていて、物語としては単純であっても、登場人物たちはよく考え、そしてよく動いているのです。
それは、短編集ではよりはっきりと表れるのではないでしょうか。
ただ本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』では、先に作者今野敏が書きたいテーマがあって、そのテーマに合わせた事件を設け、焦点を当てたい登場人物を描き出している印象はあります。
各話は、ストーリーの面白さというよりも、みなとみらい署暴対係の個々の刑事の目線で描くことで人物像の紹介を兼ねている短編集だと言えるのです。
今野敏の作品は、作者の基本的な立場である物語の筋、すなわち作者の考える「正義」の観点で物語が貫かれているところに、読み手の安心感があり、感情移入がしやすいのだと思われます。
具体的には『隠蔽捜査シリーズ』の主人公竜崎によくあらわされているのではないでしょうか。
そうした安心感の上に、さらに読みやすい文章で紡ぎ出される今野敏の作品です。
本シリーズのみならず、他の作品も早く読みたいと思わせられるのです。