本書『逆風の街』は『横浜みなとみらい署暴力犯係シリーズ』第一弾の、解説まで入れて文庫本で376頁の、長編の警察小説です。
神奈川県警の諸橋と城島という二人のマル暴刑事を中心に展開される痛快な物語で、私の好みに合致した作品でした。
『逆風の町』の簡単なあらすじ
神奈川県警みなとみらい署。暴力犯係係長の諸橋は「ハマの用心棒」と呼ばれ、暴力団には脅威の存在だ。地元の組織に潜入捜査中の警官が殺された。警察に対する挑戦か!?ラテン系の陽気な相棒・城島をはじめ、諸橋班が港ヨコハマを駆け抜ける。(「BOOK」データベースより)
寺川祥司は経営する印刷会社の運転資金として闇金融から二百万を借りたが、利息を含めて三百万を返せと催促されていた。
夜もろくに眠ることもできない取り立てのために警察に助けを求めるが、駆けつけた警官がいなくなるとまた現れることの繰り返しだった。
そこで弁護士に依頼して事後の処理を任せたもののその弁護士も交通事故に遭い、結局は自分一人でやるしかなくなってしまう。
我慢の限界に達した寺川は取り立てにきたチンピラに手を出してしまい、治療費と入院費、それに損害賠償とで新たに三百万円を請求されることになった。
最後に警察署へ連絡してもまともに取り合ってはくれなかったが、後日、暴力犯対策係の諸橋と城島と名乗る刑事たちがやってきた。
『逆風の町』の感想
本書『逆風の街』はまさに痛快小説そのものの物語です。
典型的な、それも時代小説での痛快小説の型の一つとして、凄腕の主人公が、その剣の腕などを利用して悪漢を倒して弱者を助けるという型があります。
中でも主人公の背後には豪商や権力者などがいて主人公を陰に助けてくれる場合もあります。
つまり、豪商や時の権力者などが主人公の背後にいて、いざという時は彼らの金や権力で主人公を助けたりもし、最終的には主人公が悪役を倒し、読者はその痛快、爽快感にカタルシスを得る、という流れを持った型です。
今で言うと佐伯泰英の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』や、辻堂魁の『風の市兵衛シリーズ』などがそれにあたるでしょう。
本書の場合、主役の二人は暴力団の暴力にも負けない強靭な意志と腕を持っていて、その上身分が警察官ですから権力も持っています。
そして、警察官という身分を有するとはいえ暴力に臆することなく立ち向かい、彼らを叩きのめし、弱者である一般市民の味方になってくれるのです。
ただ、警察官も組織の人間ですから組織上での弱点を持ち、そこを突かれることがありますが、その点に対しても警察内部での味方が現れ、主人公らを助けてくれる構成になっています。
結局、主人公が暴力団を相手に一歩も引かず、市井の一般人の味方になって暴力団を撃退するのですから、まさに痛快小説そのものなのです。
本書『逆風の街』の場合、町の印刷会社の経営者が闇金に手を出し、理不尽な額に膨れ上がった借金の返済ができずに追い込みをかけられ警察に助力を頼みますが、警察も相手にしてくれません。
たまたまその話を聞いた諸橋が手を差し伸べ、取り立てを繰り返す闇金を逆に追い詰めるのです。
本書ではその上にもう一つ話を絡めてありますが、それが暴力団に対する潜入捜査の話です。
本書『逆風の街』冒頭で潜入捜査に従事していた警察官が身分がばれて殺されてしまった話が出てきます。
さらにもう一件大阪府警の話として、殺人以外は何をやってもいいと言われていた潜入捜査官が、捜査の過程で覚せい剤を購入したとして覚せい剤取締法違反の罪に問われたという話が挙げられています。
つまりは組織の論理の前に約束など無に等しく、無常に切り捨てられてしまったというのです。
こうした潜入捜査の話を絡めることで、個人の正義と警察の論理との話を絡ませることで、ヤクザによる弱者を食い物にするという単純な話に幅を持たせ、エンターテイメント小説として読ませる話に仕上げられています。
ここでの個人と組織とは、一般市民が暴力団の食い物になることを阻止しようとする諸橋らの努力、つまりは個人の論理がまずあり、その上で潜入捜査の話に絡めて警察という組織の思惑という別な論理で動く場合があるということです。
組織の論理と個人の論理とのせめぎあいの中で苦悩する諸橋の姿があり、そこに助言する城島の姿は感動的ですらあります。
城島は人の行動の流れを決めるのは感情だといいます。感情自体に善悪の価値はなく、人の共感が善悪を判断すると言い切るのです。
人の共感にそれほどの価値があるかは疑問ですが、こうして物語の中で登場人物が口に出すとそれなりの意味があるように思え、説得力を持ってくるのですから不思議です。
本書『逆風の街』の構造そのものはベタな正義感です。しかし、その正義感をそのままに貫く諸橋と城島の姿は読者の共感を呼ぶのは当然だと思われます。
加えて、今野敏の読みやすい文章がそのような痛快感をさせているのですから、さらに読者に支持されるのでしょう。
こうして今後もこのシリーズは読み続けるでしょうし、事実読み続けています。