『天狼 東京湾臨海署安積班』について
本書『天狼 東京湾臨海署安積班』は『天狼 東京湾臨海署安積班』の第23弾で、2025年3月に角川春樹事務所から360頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。
物語の設定が既存の作品を彷彿とさせるものでしたが、安積班シリーズの一冊として普通に面白く、ただそれ以上のものではありませんでした。
『天狼 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ
須田巡査部長が、臨海署管内のスナックのマスターから相談を受けた。ミカジメ料を要求されたという。安積と須田は暴力犯係の真島係長に相談し、見回りを強化してもらうことに。一方、管内で立て続けに傷害事件が発生する。湾岸エリアが物騒な空気に包まれる中、速水小隊長が救急搬送されたとの連絡が入って…。(「BOOK」データベースより)
『天狼 東京湾臨海署安積班』とは
本書『天狼 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の一冊として痛快小説としての色合いがかなり強い作品であり、痛快警察小説と言ってもいいような作品でした。
気になったのは、物語の設定が既存の作品を彷彿とさせるものだったことです。
『天狼 東京湾臨海署安積班』の登場人物
登場人物は、安積剛志警部補を中心とした東京湾臨海署刑事組対課強行班第一係の須田三郎、村雨秋彦、水野真帆の三人の部長刑事、それに黒木和也、桜井太一郎といった安積班の面々がまず挙げられます。
その他の常連組では交機隊小隊長の速水直樹ほかの交機隊隊員、強行犯第二係係長の相良啓や係員がいます。
その他の東京湾臨海署関係では署長の野村武彦や暴力犯係係長の真島喜毅、地域課の末永課長やその他の署員たちです。
また、相馬義継警部補という監察官室員も登場し、わざわざ氏名を告げていったところを見ると、今後も登場するかもしれません。
本書の敵役としては速水に「根っからのワル」と言わしめた三十二歳の暴走族の篠崎恭司や彼の配下の高野耕一、石毛琢也といった半グレ達がいます。そして、最近臨海署の管内に進出してきたのが新藤進という男です。
『天狼 東京湾臨海署安積班』の感想
ただ、本書には物足らないと思った点があるのも事実です。
というのも、まずは物語の構造がこのシリーズの第八弾の『残照』と似ているということです。
『残照』では台場起きた少年たちの抗争で死者が出るという事件が起き、その容疑者としてスカイラインGT-Rに乗る風間智也の名前が浮かびます。
しかし、交機隊の速水直樹警部補は風間の過去の動向からみて風間が犯人だとは思えないというのです。
一方、本書においても近時台場で起きている小競り合いの背後に篠崎という男の存在が浮かび上がります。
しかし、やはり速水はそのことに納得がいっていないようで、篠崎と直接に話をしようとするのでした。
もちろん、この二作では『残照』の風間は孤高の存在であるのに対し、本書の篠崎は集団を積極的に利用としていて、そのありようは全く異なります。
しかし、速水にしてみれば、『残照』の風間は他人から利用されることを嫌い、本書の篠崎もまた他者の指示は受けないという点では同じだと考えます。
そして速水はその一点で風間を犯人ではないと言い、本書では篠崎を臨海署管轄内で起きている暴力行為の指示役ではあるにしても、第三者からの指示を受けているとは考えにくいというのです。
そうした不満点があるうえに、大ボスの位置にいる存在が弱い点も気になる点です。
本書全体が次に述べるように小気味いいものであるにもかかわらず、敵役の存在が弱い点はとても残念でした。
もう少し魅力的な敵役であれば本書はさらに爽快なものになったかもしれないと思うと残念な気もします。
と、いろいろ不満点を書いてはきましたが、それでも今野敏の人気シリーズでありやはり面白く読んだというのが事実です。
本来、本『安積班シリーズ』は刑事個人の活躍を描く作品ではなく、安積剛志警部補を中心とした東京湾臨海署安積班のメンバーの活躍を描き出している作品です。
ところが、本書はそうではなく、東京湾臨海署全体が主役といってもいい物語になっています。
東京湾臨海署の管轄寧で起きている異常な出来事について、臨海署に対する挑戦であり、そうした出来事に対しては一丸となって戦うというのです。
具体的に言うと、東京湾臨海署の刑事組対課強行班の第一班と速水直樹小隊長率いる交機隊の隊員たちはいつもの通りにまとまり、相良啓係長と第二班のメンバーも加わります。
それに加え、暴力犯係の真島喜毅係長率いるマル暴の刑事たち、そして普段はあまり登場しない末永課長率いる地域課の課員たち、さらには東京湾臨海署の野村武彦署長までも「売られた喧嘩は買う」と宣言するのですからたまりません。
こうした小気味よさがこのシリーズの魅力でもあるのですが、今回はその程度が一段階増しているのです。
それはともかく、湾岸署一丸となって暴力に立ち向かう姿は実に痛快でした。