『昇華 機捜235』とは
本書『昇華 機捜235』は『機捜235シリーズ』の第三弾で、2024年12月に光文社から336頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。
今野敏の作品ではたまにあまり十分に練られたとは思えない作品が登場することがありますが、まさに本書がそうだ、と思われる物語でした。
『昇華 機捜235』の簡単なあらすじ
警視庁機動捜査隊渋谷分駐所の名コンビ、高丸卓也と縞長省一。彼らの機捜車のコールサインは235だ。衆議院解散に伴う総選挙が決まった中、SNSに法務大臣・坂本の殺害予告が投稿された。高丸・縞長は機捜231の大久保実乃里とともに特別捜査本部に呼ばれ、坂本の選挙区・川越で彼の選挙事務所に潜入捜査に入る。次々に浮かびあがる容疑者たちを懸命に捜査する三人だったが、さらに新たな予告がー。読者を引き込んで離さない熟練の語り口が大人気のシリーズ第三弾登場。(「BOOK」データベースより)
『昇華 機捜235』の感想
本書『昇華 機捜235』は『機捜235シリーズ』の第三弾の長編の警察小説で、今野敏の作品らしく読みやすい作品ではあるのだけれど、なんとも評しにくい作品でした。
本シリーズの主役は、警視庁機動捜査隊渋谷分駐所の235のコールサインを持つ機捜車に乘る高丸卓也と縞長省一という名コンビです。
衆議院解散に伴う総選挙で、法務大臣の坂本玄に対する殺害予告がSNS上に掲載されたことから、大久保実乃里巡査が坂本法務大臣の近くに私設秘書という形で張り付いて情報の収集をすることになります。
そこで、主役の二人は大久保巡査のバックアップのために坂本大臣の選挙事務所のある埼玉県の川越に詰めることになったのです。
ただ物語として、高丸たちの警備のありかたや、殺害予告犯人の捜査自体に見るべきものはなく、物語としての山はないと言っても過言ではありません。
ただ、途中で主役の一人が行方不明になることが大きな出来事と言えば出来事なのですが、それすらも物語の展開としては見るべきものとも言えないのです。
今野敏の作品自体は、殆どの作品が謎解きに重きを置いているとは言えず、その代わりに登場人物たちの人間関係の妙が面白いのだと言えます。
その最たるものが今野敏のベストセラー作品である『隠蔽捜査シリーズ』であり、『安積班シリーズ』だと思うのです。
前者は異色のキャリア警察官である竜崎伸也の原則論を貫く姿が爽快な作品で、後者はチームで行う捜査を前面に出した心温まる警察小説です。
本書『昇華 機捜235』の場合、そうした個性豊かな捜査員がいるわけでもなく、チームで捜査するわけでもありません。
そもそも、機捜すなわち機動捜査隊とは「犯罪発生の初期段階で犯人を検挙することを目的としている組織」であり、事件の初動捜査を行う組織であって犯罪の捜査自体を行うことはその存立目的ではありません。
ただ、主人公の高丸の相棒である縞長が見当たり捜査の達人であるところから、本シリーズの『石礫 機捜235』では縞長の活躍がメインであり、独特の面白さを感じたものです。
そうした特色が本書にはないのです。ただ、大久保巡査が他人の口を軽くする情報収集にはもってこい特殊能力があるのが見どころだとは言えます。
だからこそ、外務大臣に張り付く職務を与えられ、高丸たちも大臣の地元へ出張することになったのです。
それ以外に見るべきところはなく、結局は大久保の活躍も明確なものではなく、物足りなく感じてしまいました。
従って、冒頭に述べたような「十分に練られたとは思えない作品」という評価になったものです。
今後の展開に期待したいと思います。