『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』とは
本書『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』は、2024年11月に徳間書店から392頁のソフトカバーで刊行された、長編の歴史小説です。
江戸時代中期の徳島藩の藩政改革の様子を描いた第172回直木賞の候補作にもなった作品ですが、今一つもの足りないという印象でした。
『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』の簡単なあらすじ
三十万両もの巨額の借財を抱える徳島藩。藩政改革を担ったのは、型破りな人物だった。徳島藩蜂須賀家の物頭、柏木忠兵衛は新藩主候補との面会のため、江戸に急いだ。藩の財政はひっ迫している。新たなまとめ役が必要だった。しかしー。「政には興味なし」新藩主となった蜂須賀重喜はそう言い放つ!家老たちの専横に抗して、藩主の直仕置による藩政改革をめざす忠兵衛ら中堅家臣団。対立が激化するなか、新藩主が打ち出した驚きの改革案とは!?そして、徳島藩を狙う大がかりな陰謀とは…。アクション&サスペンス満載、著者渾身の時代長篇!(「BOOK」データベースより)
『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』の感想
本書『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』は、江戸時代中期の藩政改革に乗り出した徳島藩藩主蜂須賀重喜と彼を支えた四人の若手の藩士の姿を描いた歴史小説です。
第172回直木賞の候補作にもなった作品ではあるのですが、今一つ感情移入できずに終わった作品でもありました。
本書について物足りなさを感じ、歴史小説として十分な満足感を得ることができなかった理由の一つとして、本書の主役の一人である藩主蜂須賀重喜のキャラクターの設定があるのではないでしょうか。
というのも重喜という人物は当初は政には関心を示しませんが、能力は非凡なものがあるということでした。
しかし、一旦領主仕置へと踏み出すとその明晰さゆえに走り過ぎるところがあったというのです。ただ、その先鋭さゆえに彼の思惑は受け入れられるところとはならず、中途になります。
つまりは、歴史小説ではあっても一人の藩主の思い切った政がうまくいって藩の財政も持ち直し、民の生活も安定してきた、というのであれば藩主の性格も明確だし、結果も痛快小説のような爽快感があったとなるのでしょう。
しかしながら、本書の重喜の場合そう単純ではないために、覚える筈の爽快感はなく、違和感が残ったのではないでしょうか。
重喜は、出羽国秋田二十万石藩主佐竹義明の弟であり、若い頃の名を佐竹岩五郎といいます。
本書の狂言回し役の阿波四羽鴉の一人である柏木忠兵衛が最初に会ったころは十七歳で、好学の士であり恐ろしい切れ味の論を見せるが政には興を見せないという人物だったのです。
蜂須賀家に末期養子に入ってからも蜂須賀家五家老による家老仕置にまかせていたのですが、阿波四羽鴉を中心とする若手の熱意にまけ、蜂須賀家の改革に乗り出すことを決意するのでした。
そもそも、「阿波宝暦明和の変」と名付けられた事件が実在したかはよくわかりませんが、ウィキペディアによれば「宝暦・明和期の藩政改革」と表現されています。
藩主となった蜂須賀重喜が行った藩政改革がうまくいかず、幕府より隠居させられた事件を本書では「阿波宝暦明和の変」としてエンターテイメント小説としたと思われます。
そして、作者の木下昌輝は、「徳島藩主の蜂須賀重喜という人物が大坂の藍商人に負けたという資料を読んで、この史実を小説として描いてみたいと思い、筆を執」ったということです。
また、「資料を読み進めていくうちに、重喜という人物が『名君』か『暗君』なのか本当に分からなくなっ」たというのです( 文春読書オンライン : 参照 )。
この蜂須賀重喜という主君が行ったという改革は、倹約令の施行や役席役高の制、若年寄の創設などがあるそうです。
しかし、倹約令こそそれなりの成果を挙げたものの、役席役高などの身分制の変革を試みたものの、身分序列の崩壊を招いたとして隠居を申しつけられました( 徳島藩 戦国末期から蜂須賀家が治める – 日本の旅侍 : 参照 )。
重喜の改革の結果は本書を読んでいただくとして、こうした領主がいたということは知識として知っておいてもいいと思われます。
ただ、物語としては先に述べたように今一つ感情移入できなかったというだけです。
本書について物足りなさを感じたほかの理由は今一つよく分かりません。
蜂須賀重喜の施作の結果が中途であった割にはほかの四人の働きもいまひとつでした。当初はそれなりの活躍を見せていた柏木忠兵衛も働きを見せてはいるのですが、結果として見えていません。
歴史小説ですから事実を改変するわけにはいかないので、その読ませ方が難しいのは分かりますが、感情移入するに何が足りなかったのか、素人にはよく分からなかったのです。
ちなみに、徳島藩は阿波と淡路の二国からなっていますが、その阿波国は「藍」の産地として有名であり、本書でも「藍」が重要な産物として登場しています。
ちょうど、本年度の直木賞を受賞した伊与原新の『藍を継ぐ海』を読み終えたばかりだったので奇妙な符号を感じてしまいました。