逢えなくても、せめてそばで愛する夫を守りたい。抜け忍となり逃亡中の織江は、変装し彦馬の周囲を見張っていた。ある日、怪しげな男とすれ違う織江だが、それ以来、奇妙な出来事が起こり始める―新たな討っ手、お庭番最強と謳われる呪術師寒三郎がついに動いたのだった。さらに、織江がよく知るあるくノ一も、元平戸藩主・松浦静山の“幽霊船貿易計画”を手伝う彦馬に接近し始めていて…。書き下ろし短編「ねずみ静山」収録。(「BOOK」データベースより)
「妻は、くノ一 シリーズ」完本版第四巻の長編痛快時代小説です。
このシリーズも後半に入り、彦馬の江戸での生活も一応の落ち着きを見せています。
彦馬はこれまで同様に、静山の娘清湖姫の持っていた勾玉の用途を突き止め(第一話 夢の玉)、からくり小屋の自在に伸び縮みする竹の謎を解き(第二話 酔狂大名)、損料屋から四人の小僧が四匹の子犬を借りていく理由を見つけ(第三話 四匹の子犬)、赤く色づいたイチョウの葉の謎(第四話 赤いイチョウ)や虫の鳴かない庭と隠居の失踪の謎(第五話 鳴かぬなら)を解き明かしています。
その一方で、お庭番頭領の川村真一郎は宵闇順平が倒れた後、新たに呪術師の寒三郎を呼び寄せて、織江に対して更なる攻撃を目地ていました。
また、本書では新たに静山の娘として清湖姫が登場しており、早速「第一話 夢の玉」で彦馬が解くべき新たな謎を提供しています。この清湖姫は、美貌に恵まれ、快活で、聡明であるにもかかわらず、もはや三十路に近づいている女性で、彦馬に興味を持ったらしいのです。
そして静山自身は、三十年ほど前に悪戯に浮かべた幽霊船が今頃になって再び江戸湾に現れ、船体の「松浦丸」という名前が現れ、窮地に追い込まれていました。
更に彦馬は、寺の前に置き去りにされた駕籠(第六話 おきざり)や銭のような模様があるヘビ(第七話 銭ヘビさま)、壁から出ていた紐(第八話 壁の紐)、着物が透けて見える目薬(第九話 すけすけ)、蕎麦屋で見つけた名古屋という品書き(第十話 年越しのそばとうどん)などの話に隠された謎を解き明かしていきます。
また、神田明神近くにはいつの間にか慈愛に満ちた女将がいる庶民的な「浜路」という飲み屋が人気となっていました。その飲み屋に鳥居燿蔵が通うようになり、同様に原田に連れられた彦馬と出会うのでした。
本書では、彦馬の物語に大きな変化はありません。
織江を狙う新たな敵として呪術師寒三郎が現れ、その後、織江を幼いころから知る浜路という女が現れることくらいでしょう。
そういう意味では、ただ淡々と彦馬の謎解きと、織江の静かな戦いが行われるだけと言えないこともありません。物語としての新たな展開を見せない限りは、今後のこのシリーズの在りようが心配にもなります。
強いて言えば、クライマックスに向かって静山が仕掛ける幽霊船の話が少し顔をみせ、更にはシーボルトの名前も見られるようになることなどが挙げられるかもしれません。
ただ、完本としてはこのシリーズもあと一冊となっていますので、シリーズが終わった今の観点でみると心配することは何もないということになります。
そのあと一冊を楽しみにしたいところです。