川口 俊和

コーヒーが冷めないうちにシリーズ

イラスト1

思い出が消えないうちに』とは

本書『思い出が消えないうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の第三弾で、2018年9月にサンマーク出版から382頁のソフトカバーで刊行された、連作短編小説です。

これまでのシリーズでの物語と同様に、すでに亡くなった方への種々の思いを確認するための物語が語られています。

思い出が消えないうちに』の簡単なあらすじ

伝えなきゃいけない想いと、
どうしても聞きたい言葉がある。

心に閉じ込めた思い出を
もう一度輝かせるために、
不思議な喫茶店で過去に戻る4人の物語――。(「BOOK」データベースより)


第1話「ばかやろう」が言えなかった娘の話
小樽にある、過去に戻ることができる座席があるという「喫茶ドナドナ」に、瀬戸弥生という一人の娘が訪れてきた。弥生は過去に戻って「私を産むだけ産んで、勝手に死ん」だ両親に一言恨みを言いたいと、この店を訪れたのだった。

第2話「幸せか?」と聞けなかった芸人の話
第一話で登場してきたポロンドロンの驫木が、亡くなった妻の世津子に会って芸人グランプリで優勝したことを告げるために「喫茶ドナドナ」へやってきた。驫木が過去へ戻った直後に「喫茶ドナドナ」へやってきた林田は、驫木はもう帰ってこないつもりだというのだった。

第3話「ごめん」が言えなかった妹の話
この話でも第一話から登場してきた常連客の市川麗子と、同じ常連客の精神科医の村岡沙紀の物語です。麗子は数ヶ月前に妹の雪華が亡くなったことで沙紀を主治医として治療を受けていました。ある日、「喫茶ドナドナ」を訪れていた二人を襲った突然の雷雨による停電の中、雪華が現れます。

第4話「好きだ」と言えなかった青年の話
この物語は、これまでの話のすべてに登場してきていた玲司とその幼馴染の菜々子の物語です。芸人になりたい玲司を応援していた菜々子でしたが、玲司がオーディションを受けるために東京へ行っている間に自身の難病の治療のためにアメリカへ治療に旅立ってしまいます。玲司は自分が東京へと旅立つ前の菜々子に会いに過去へと戻るのでした。

思い出が消えないうちに』の感想

本書『思い出が消えないうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の第三弾で、登場人物たちが「喫茶ドナドナ」へとやってきます。

そして、これまでのシリーズでの物語と同様に、すでに亡くなった方への種々の思いを確認するための物語が紡がれているのです。

 

本書では最初に北海道にいる時田流と、喫茶店「フニクリフニクラ」にいるの妻のとの電話越しでの会話の場面から幕を開けます。

計は十四年前に亡くなっているのですが、未来である現在へと飛んで、まさに今、娘のミキと会っているのです。

しかしその流は、流の母親で「喫茶ドナドナ」の経営者でもある時田ユカリがアメリカに行ってしまったことから、その店の営業を引き継ぐためにいとこのと数の娘のを連れてここ小樽へとやってきていました。

というのも、「喫茶ドナドナ」も喫茶店「フニクリフニクラ」と同じく過去に戻ることができる座席がある喫茶店であるため、アメリカに行ってしまった時田ユカリの代わりにコーヒーを淹れることができる幸を連れてきたというわけです。

残された幸のいる喫茶店「フニクリフニクラ」は、常連客だった賀田多五郎二美子夫婦にまかせて小樽に来ているのでした。

つまり、第一巻『コーヒーが冷めないうちに』の第四話の話がこの話へとつながり、また過去へ戻ることのできる座席は喫茶店「フニクリフニクラ」だけではなく、ここ小樽の「喫茶ドナドナ」にもあることが明かされているのです。

 

こうして本書『思い出が消えないうちに』になって物語の舞台が小樽へと変更になっている理由がまず説明され、時田ユカリなどの重要な登場人物たちの簡単な紹介がなされていきます。

本書では、過去に戻ることができる座席が存在する喫茶店が「フニクリフニクラ」以外に北海道の小樽にもあったのだという驚きがありますが、それと同時に時田ユカリという人物の存在も大変に大きなものとなっています。

この時田ユカリという人物は、人探しの手伝いのためにアメリカへ行ってしまうという行動力もすごいのですが、本書の各話のそれぞれについて時田ユカリが何らかの手立てを施していて、それが主人公の行動のきっかけを作っているのです。

彼女の洞察力たるや素晴らしいものがあります。

 

本書『思い出が消えないうちに』では、メインの登場人物が過去へ戻る、若しくは未来へと飛ぶ本体の話はもちろん面白いのですが、物語の合間に『もし、明日、世界が終わるとしたら?一〇〇の質問』という書籍に掲載されている設問が紹介されています。

例えば、一人だけ助かる部屋があったとして、もし明日世界が終わるとしたら、あなたはどちらの行動をとりますか、という設問に対し、「①入る」「②入らない」のどちらの行動をとりますか、というように問われるのです。

ほかにも、世界の終わりを前提として、自分の不倫を正直に話すかとか、自分の十歳の子供に明日世界が終わることを話すか、などの問題が出されています。

本書の四つの物語のそれぞれで、伝えられなかった人の「思い」について様々な形があることが示され、読者は自分なりの答えを見つけようと考えることになりますが、それとは別に、単純ですが正解のない究極の設問が提示され、その設問がスパイスのように効いているのです。

 

また、本書『思い出が消えないうちに』で特に目立ったのは、第三話『「ごめん」が言えなかった妹の話』での停電の場面での演出です。この手法はこれまで見たことがありませんでした。

ただこうした紙の書籍自体に仕掛けを施してある作品としては、杉井光の『世界でいちばん透きとおった物語』や、泡坂妻夫の『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』などがありました。

これらの作品は作者の膨大な努力の末に実現できるもので、その観点からすると本書の仕掛けは大したこととは思えなくなりますが、それでも読んでいく途中で突如この仕掛けに出会うと、驚きであり、そのアイデアには脱帽です。


 

本書は、そうした視覚上の演出は別にしても、これまでのシリーズの各作品と同様に、切ない物語が紡がれています。

その上で、この切なさに満ちた物語であることが前提となる話ですが、「タイムパラドックス」といわれる矛盾点を厳密にとらえずにファンタジーとして読むことができる人であれば、かなり楽しめる作品だと思います。

現時点(2025年5月30日)で、このシリーズも第六弾『愛しさに気づかぬうちに』まで出版されています。

まだ未読作品がありますので、できるだけ早めに読みたいと思っています。

[投稿日]2025年05月30日  [最終更新日]2025年5月30日

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