川口 俊和

コーヒーが冷めないうちにシリーズ

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愛しさに気づかぬうちに』とは

本書『愛しさに気づかぬうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の第六弾で、2024年9月にサンマーク出版から336頁のソフトカバーで刊行された、連作のファンタジー小説です。

愛しさに気づかぬうちに』の簡単なあらすじ

亡くなった母に会いにいくことはできますか?「いつか、素直に話せると思っていたのに…」義理の母と、恋人と、父と…。そばにいたのにすれ違ってしまった人達の、再出発の物語。(「BOOK」データベースより)


第一話 お母さんと呼べなかった娘の話
東郷アザミは義母を母親と認めることが出来ずに反発し、家を飛び出したままに義母を亡くしてしまった。そして自分が結婚相手に連れ子の親となり、自分の義母と同じ立場になって、自分が義母に対しどんなにひどい仕打ちをしてきたか義づくことになったのです。そこで過去に帰ることにできるというこの店に来たのでした。

第二話 彼女からの返事を待つ男の話
七年前、中学二年生の沖島友和は、バレーボール部に属する中学一年生の時の同級生小崎カンナからバレンタインデーの日に告白を受けますが、沖島の同級生の男子の勘違いから彼女の思いを受け取ることができませんでした。ところがその日にカンナが神保町の喫茶店に行った帰りに記憶喪失となる事故に遭うのでした。

第三話 自分の未来を知りたい女の話
加部利華子は、芲田学からプロポーズを受けますが、自分が五年後に生きているかどうかも不明だという癌に罹患していることを告げられます。そこで、五年後にも自分が生きているかどうかを知りたいと思うのでした。

第四話 亡くなった父親に会いに行く中学生の話
十四歳の須賀ツグオは、一人で自分を育ててくれた父の須賀龍太の突然の死に、自分のことは心配しないでいいというために過去に戻ろうとするのでした。しかし、いざ過去に戻り、父親に会ったツグオは思いもよらないことを告げるのでした。

愛しさに気づかぬうちに』について

本書『愛しさに気づかぬうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の六作目であり、これまでと同じように四つの短編からなる連作のファンタジー小説集です。

本書でもまた、自分の思いを伝えることができないままに別れざるを得なかった人たちが、時間を超えてその相手に会いに行き、その思いを伝えようとする物語が綴られています。

ただ、ここでもタイムパラドックスが気になります。

例えば、「第一話 お母さんと呼べなかった娘の話」で、アザミが過去に戻り電話をかけたのであれば、本来であればその場にいた流はそのことを経験して知っていたはずですが、アザミが過去に戻るときに流がそのことを知っていたようには思えないのです。

しかしながら、本シリーズでこうした時間旅行ものにつきもののタイムパラドックスについて改めて論じることはもう野暮に過ぎるようであり論じることはやめます。

 

そうした点はともかく、この物語では人の思いは可能な時に伝えておかなければ相手には伝わらない、ということが繰り返し示してあります。

人の不幸はいつ訪れるかわからないのだから、伝えることが出来るときに伝えておかなければ取り返しのつかないことになりかねないというのです。

確かにその通りだと思いますし、そうすべきだと思います。しかしながら、そうした理屈では割り切れないところが人間なのだという思いもまたあり、本書のような物語が成立するのだと思います。

 

また、本書でだいじなのは、時田数のその夫である時田刻との馴れ初めについて語られていることもさることながら、これまでぼかされていた「フニクリフニクラ」の場所が明確にされていることでしょう。

すなわち、「第二話 彼女からの返事を待つ男の話」の中で、「神保町の喫茶店に行った帰りの小崎の事故」という文言があり、小崎カンナが最後に立ち寄った神保町の喫茶店がここ「フニクリフニクラ」であることが明記してあるのです。

さらに、「第三話 自分の未来を知りたい女の話」では、「フニクリフニクラ」が東京メトロの神保町駅から歩いていける距離にあるとまで明記してありました。

 

また、物語全体を眺めてみると本書では「フニクリフニクラ」の常連客である清川二美子が全部の話に登場し、狂言回しのような役割を担っている点も見逃せません。

ほかにも繰り返し登場して物語の要となる客がいたりと、単なる脇役であると思われていた常連客達もまたこのシリーズで重要な役割を担っていることが示されているのです。

言葉を変えれば、時田家だけではなく「過去に戻ることができると噂の喫茶店」自体が主役だと言えるのかもしれません。

それにしても、続編が期待されるシリーズです。

[投稿日]2025年10月22日  [最終更新日]2025年10月22日

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