桜宮市に新設された未来医学探究センター。日比野涼子はこの施設で、世界初の「コールドスリープ」技術により人工的な眠りについた少年の生命維持業務を担当している。少年・佐々木アツシは両眼失明の危機にあったが、特効薬の認可を待つために5年間の“凍眠”を選んだのだ。だが少年が目覚める際に重大な問題が発生することに気づいた涼子は、彼を守るための戦いを開始する。人間の尊厳と倫理を問う、最先端医療ミステリー!(「BOOK」データベースより)
海堂尊の作品にしては珍しい、SFの要素のをも含んだ小説になっています。
両眼失明という危機に陥っている佐々木アツシは、治療法の開発を待つために、未来医学探求センターで五年間の冷凍睡眠(コールドスリープ)に入ります。その間のセンターで眠り続けるアツシの世話係としてセンターに非常勤職員として雇われたのが日比野涼子で、この女性の物語として本書は始まりますが、眠り続ける佐々木アツシ少年もまたこの物語の主人公ということになるのでしょうか。
主人公の佐々木アツシ少年は『ナイチンゲールの沈黙』や『医学のたまご』にも登場しているのですが、2006年を舞台にした『ナイチンゲールの沈黙』では5歳。16年後の2022年を舞台にした『医学のたまご』では17歳という、年齢面での齟齬を生じさせてしまったところから、つじつま合わせに書かれたものだそうです。( ウィキペディア : 参照 )
残念ながら、海堂尊という作家の紡ぎ出す物語にありがちなこととして、論理をもてあそんでいるとしか思えない展開が多々あるのですが、本書においてもそうでした。
それは、このセンターの設立基盤でもある曾根崎伸一郎教授が提唱した「凍眠八則」、そして「凍眠」の根拠づけの法律である「人体特殊凍眠法」をめぐる曾根崎教授と涼子との会話の場面であり、またコールドスリープ技術を開発した技術者である西野昌孝と涼子との会話の場面です。やはり私はついていけない展開でした。
何度も書いていることですが、海堂尊という作家は、死亡時画像病理診断(オートプシー・イメージング:Ai)や官僚の話などになると途端に高度なロジックを展開されます。そして、そこでの論理展開は大体において、私には理解できないのです。単に理解できないだけでなく、物語の流れがそれまでとは別の流れに乗ったかのように途切れてしまいます。勿論、そのうちにそれまでの流れに戻りはするのですが、読み手である私はいつも置いていかれてしまうのです。その点さえなければとても面白いのにと、読み手である私の個人的な資質は脇に置いて思います。
その点とは別に、本書の気になる点としては、世界初のコールドスリープ技術により眠り続ける少年を見守るにしては、何故か臨時職員である日比野涼子一人しかいないなど、設定として受け入れがたい状況設定があります。一応世界初などという以上は、もう少しそれなりの状況を設けてくれないと、小説としての世界が成立せず、感情移入しにくいのです。
本書は佐々木アツシという少年の成長の物語でもありますが、そこは続編である『アクアマリンの神殿』に委ねているとも言えそうで、本書はやはり日比野涼子の物語というべきなのでしょう。
その日比野涼子が最終的にとった手段については賛否があるところだと思います。個人的には何故ああいう行動をとったのか良く分からないところもあるのですが、読む人が読めば明確な理由があると読みとれるものなのでしょうか。
惹句には「人間の尊厳と倫理を問う」とありましたが、倫理の側面は別としても、人間の尊厳を問う物語であったかどうかは疑問です。
ともあれ、高階権太や田口公平などの常連メンバーの登場する場面は楽しく読むことができます。この流れがいつもあればいいのにと、少々残念に思う物語でした。
「冷凍睡眠」というと、SFの分野では良くある設定です。映画ではあの『エイリアン』は目覚めの場面から始まるようにちょっと離れた星への移動が必要な時は良く使われる手法です。SF映画の古典というには早いかもしれませんが、そう呼ばれるのは間違いのないSFホラーの金字塔です。リドリー・スコットという監督の手腕が冴え、H・R・ギーガーのデザインする、エイリアンやその世界は素晴らしいとしか言いようがありません。
でも、SFの分野で一番有名なのはハインラインの『夏への扉』でしょう。恋人にも友達にも裏切られ傷心の主人公は冷凍睡眠技術で未来へと旅立ちます。目覚めたのは三十年後ですが、自分の知っている過去とは微妙に異なるのでした。名作中の名作と言われるこの作品は、冷凍睡眠技術を現実からの逃避の手段として利用するのです。