『雪が降る』とは
本書『雪が降る』は、1998年6月に講談社から刊行され、2021年12月にKADOKAWA文庫から黒川博行氏の解説まで入れて336頁の文庫として出版された、六編からなる短編小説集です。
藤原伊織の作品集らしく美しい文章で紡がれる叙情豊かな作品集であって、かなり興味深く読みました。
『雪が降る』の簡単なあらすじ
ギャンブルに溺れ、自堕落な日々を過ごす会社員・志村。彼の元に、1通のメールが届く。“母を殺したのは、志村さん、あなたですね”メールの送り主は、かつて愛した女性・陽子の息子だったー。訪ねてきた少年とともに、志村は目を背け続けてきた彼女との記憶を辿り始める。その末に明らかになる、あまりにも切ない真実とは(「雪が降る」)。不朽の名作『テロリストのパラソル』の著者による、6篇を収録した短編集。(「BOOK」データベースより)
『雪が降る』の感想
本書『雪が降る』は、それぞれに分類をしにくい六編の短編小説からなる作品集です。
藤原伊織らしい美しい文章の叙情的な作品が収められており、その世界観に浸って面白く読むことができました。
おかげで、この作者の全作品を再度読み返そうという気にさせられた作品集でした。
冒頭に述べたように、本書は青春小説、恋愛小説、企業小説、ハードボイルド等と、一つの短編でも明確には分類できない作品が並びます。
第一話の「台風」は、ある企業の営業職に勤務するサラリーマンの日常と、営業ノルマに耐えかねた主人公のかつての部下が犯した傷害事件の描写から始まり、物語は主人公の過去へと遡ります。
かつての部下が起こした事件が、主人公の生家である玉突き屋で起きたある事件を思い出させたのですが、この話からして分類しづらい作品でした。
そして第二話の「雪が降る」という作品がいかにも藤原伊織の描く物語世界らしい、ミステリアスな恋愛小説でした。
この話も、解説で黒川博行氏が書かれているように、とある食品企業の販売促進課に勤める主人公の業務の一面が描かれる企業小説的側面を持っています。
しかしながら、この物語自体は親友の妻であった女性と主人公との恋愛物語というべきでしょう。
その上、二人の話にもっていくまでの物語の展開が見事で、先の展開が気になり本を置けなくなってしまいます。
何よりも問題の女性が書いた主人公へのメールが驚きです。現実にはあり得ないだろうその文面は、いかにもこの作者の世界観ならではのものでした。
ただ、この女性の夫である主人公の親友はどういう立場に立たされるものなのか、考えないではおられませんでした。
第三話の「銀の塩」は、軽井沢を舞台にしたある種犯罪小説であり、また恋愛小説という言うべき物語です。
この物語も一歩引いてみるとあり得ないと思われる設定ですが、何故か心惹かれる作品に仕上っています。
第四話の「トマト」は、自分は人魚だという女性が主人公にトマトについて語る話で、数頁しかない短編であり、若干戸惑いを感じてしまった作品でした。
第五話の「紅の樹」は正面からヤクザを主人公としたハードボイルドです。
たまたま隣の部屋に越してきた母娘のために命を懸ける男の話であり、ストレートに男の生きざまを語っています。
今の時代、「男の」という修飾語をつけることは憚るべきことなのでしょうが、かつて高倉健が演じた東映の任侠映画にも通じる側面があるこうした物語を好む自分がいることを否定できません。
藤原伊織の文章の紡ぎ方がよく分かる作品です。
第六話の「ダリアの夏」は、デパートの配送人の男のある配送先での出来事を描いた話です。
この話を読んで、 ロバート・B・パーカーの『初秋』というハードボイルド作品を思い出していました。一人の男と少年の物語という点だけが同じで他は全く異なる物語ですが、少年の成長を感じさせる点で思い出したのかもしれません。
知人から文庫本を貰ったのをきっかけに久しぶりに藤原伊織の作品を読んだのですが、やはりこの人の作品は私の一番の好みだとあらためて思いました。
一応はこの人の作品はその殆どを読み終えているのですが、再度読み返そうと思うほどに引き込まれたのです。
この頃は小説を読む頻度もかつてほどにはなくなってきていたので、再度、読書の気分を奮い立たせる意味でもいいかとおもうのです。
やはり、藤原伊織の作品はいい。