凶作のため高岡藩の米収穫高も例年の七割しかなく、藩財政がさらに困窮することが予想された。年貢を増やしてこの危機を乗り切ろうと図る江戸家老に反対した正紀は、正式に井上家に婿入りし、世継ぎとなったにもかかわらず、自ら新たな財源を探しに奔走する。ところが、そんな正紀の行動を面白く思わぬ者もいた―。好評シリーズ第二弾!(「BOOK」データベースより)
『おれは一万石シリーズ』の第二弾の長編痛快時代小説です。
下り塩の仲買問屋伊勢屋の跡取りが、醤油問屋武蔵屋の前に積まれていた醤油樽の下敷きになって命を落としてしまいます。事故として処理されていく中、高積見廻り与力の山野辺蔵之介だけが疑いを持っていました。
調べていく中で伊勢屋は、西国からの下り塩を乗せた船が行方不明となっために、新たに借り入れた非常な高利の金銭に苦しんでいたことが判明します。
そこに下り塩仲買問屋の戸倉屋から借金の肩代わりの申し出があると聞き、疑念を抱く山野辺でした。
一方、高岡藩井上家の継嗣としての暮らしが始まっていた正紀ですが、凶作で米の収穫も例年の七割しかないなか、新たな財源の確保に悩んでいました。
そうした折、山野辺と同行していたいた正紀は、地廻り塩の産地問屋である桜井屋の隠居の長兵衛と出会い、伊勢屋の買取を考えているという話を聞くのでした。
本書の正紀は、晴れて高倉藩井上家の継嗣となっており、高倉藩の財政の危機に頭を痛めています。
まず考えるのは新田の開発ですが既に新たに開発できる土地もなく、そこで目を付けたのが既存の河岸場の更なる利用による運上金の増収という考えでした。
しかし、すでにある高岡河岸は反正紀派である国家老の園田頼母の縁戚にあたる戸川屋という廻船問屋の力が強く、使うことはできなさそうで、新たな方途を考える必要が出てくるのでした。
そこに下り塩を取り扱おうという桜井屋の長兵衛との再会が役に立ってくるのです。
ここに「下り塩」とは、「江戸時代塩廻船によって江戸に移入された瀬戸内産塩
」のことであり、「下総行徳,武蔵大師河原など江戸湾岸で産出される地塩
」のことを「地廻り塩)」と言ったそうです( コトバンク : 参照 )。
第一巻でも書いたように、こうした経済的な観点での時代小説は、辻堂魁の渡り用人の活躍を描いた『風の市兵衛シリーズ』など数点の作品以外にはあまり読んだことがなく新鮮ではありました。
ただ、どうしても痛快小説の展開としては剣戟の場面も取り込む必要はあり、正紀や山野辺、それに正紀と共に高岡藩に移籍してきた正紀付きの中小姓である植村などが派手に立ち回ります。
たとえ大名の後嗣とはいえ、主人公の立ち回りは欠かせないというところであり、作者もそこらは苦労されているところでしょう。
また、女心を解しない正紀と京との微妙な言葉の行き違いなど、初々しさの残る新婚の様子も気になります。
更には、第一巻で登場したものの本巻で改めて重要な役割を担うことになった桜井屋の長兵衛の存在も見どころの一つです。
勿論、何とか反正紀派を駆逐しながら後嗣としての存在を強固にしていく正紀の立場こそが見どころではあります。今後の展開が待たれます。