『けんぐゎい』とは
本書『けんぐゎい』は、2026年4月に光文社から316頁のハードカバーで刊行され、第175回直木賞を受賞した長編の時代小説です。
ひとりの女性の心象を深く追い求め、その成長、そして人生について考えさせられる作品であり、私の苦手とする作品でした。
『けんぐゎい』の簡単なあらすじ
利発だが酷い痘痕の姉ふゆ。逆上せ癖で縹緻よしの妹りよ。幼くして父を亡くし、ふゆは手習い師匠の手伝いに、りよは船宿の下女奉公に出された。師匠の養子で禍々しいほどに歪んだ性癖をもつ宗三郎から手籠めにされたふゆは懐妊するが、現人神と崇められる女医者と出逢い、彼女の人生は大きく変わっていく。自我に目覚めた主人公が、女の生と向き合う、時代小説の新しい扉。(「BOOK」データベースより)
『けんぐゎい』の感想
本書『けんぐゎい』は、一人の女性の人生を描いて第175回直木賞を受賞した長編の時代小説です。
主人公の内心を緻密に描写し、追いかけ、その変貌ぶりを表すことで彼女の成長の様子を描き出そうとしていると思われます。
作者の朝倉かすみ氏はこれまでに『平場の月』で第161回直木賞の、また『よむよむかたる』で第172回直木賞の候補作になっている作家さんです。
そして、本書『けんぐゎい』で第175回直木賞を受賞されています。
主人公のふゆは痘痕(あばた)の痕がひどく、醜さを抱えて生きています。
そのふゆが、奉公先の師匠の養子である宗三郎から、ふゆのひどい痘痕が残る醜さなどの障りを抱えて生きている者たちは「けんぐゎい」に生きるものだと言われます。
つまり作者の言葉を借りると、「普通、と呼ばれる場所からはじかれているような人たち」は、圏内に生きる宗三郎たちとは違うのだと諭されます。
その宗三郎から手籠めにされて妊娠したふゆは、そのためそれまでの人生とは異なる生き方へと踏み出すことになるのです。
ふゆの母親は、ふゆの妹のりよが奉公先の主人から手籠めにあってもそれは喜ばしいことだと言います。
そうした母親の言葉をそのままに受け入れていたふゆでしたが、自分の身に同じことが起き、賢い妹のりよの言葉などもあり、ものの見方が変わっていきます。
つまり、宗三郎から凌辱を受けていることなどの自分の現在の状況は、何も自分が悪いためではないことに気づいていくのです。
本書はこれまでのこの作者の文体とは別人かと思うほどに異なる独特の文体で進んでいきます。
それは、これまでの現代小説では編集者に止められ、自分の好きな言葉で書きたいという望みがそのままでは叶えられなかったという作者の思いが、時代小説という形式を借りて初めてかなえられたのだと書いてありました。
作者のうちに心地よい形として蓄えられた言葉の選択が、時代小説のほうがより満たされると感じられるのだそうです( Real Sound : 参照 )。
また、これまでに何度も書いてきた、芥川賞と直木賞との違いが本書でもまた気になりました。
日本文学振興会のサイトではそのQ&Aにおいて芥川賞・直木賞の違いについて、「芥川賞は、雑誌(同人雑誌を含む)に発表された、新進作家による純文学の中・短編作品のなかから選ばれます。直木賞は、新進・中堅作家によるエンターテインメント作品の単行本(長編小説もしくは短編集)が対象です。」と書いてあります( 日本文学振興会 : 参照 )。
結局、対象となる作品が「純文学」か「エンターテインメント作品」かということになると思われます。
その観点からすると、本書などはエンタメ作品というよりは人間の生きかた、そして内面を追及している文学作品だと思えるのですが、どうもそういう思いとは異なっているようです。
正直言うと本書を図書館から借りたときは持病の具合が悪くてなかなか読書の体力もなく、ななめ読みしかできませんでした。
そのため、読み込みできていない読書であったことも事実ですが、もともと本書のようなタイプは私の苦手とする作品であり、いつも読み通すのに苦労します。
とはいえ、直木賞を受賞している作品であることは厳然たる事実であり、私の思いなど意味もなさそうです。