青柳 碧人

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乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO』とは

本書『乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO』は、2025年5月に新潮社からハードカバーで出版され、第173回直木賞候補作となった長編の歴史小説です。

同時代に生きた作家と外交官という二人の人生を交錯させ、それぞれの人生を描きだした力作ですが、私の好みとは少し異なる作品でした。

乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO』の簡単なあらすじ

名もなき若者だったが、夢だけはあった。探偵作家と外交官という大それた夢。希望と不安を抱え、浅草の猥雑な路地を歩き語り合い、それぞれの道へ別れていく…。若き横溝正史や巨頭松岡洋右と出会い、歴史を変え、互いの人生が交差しつつ感動の最終話へ。(「BOOK」データベースより)

乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO』の感想

本書『乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO』は、主役二人の卒業した高校と大学が同じであるところから、この二人が出会っていればという発想から生まれたそうですが、力作だとは思うものの私の好みとは異なる作品でした。

 

本書は大正と昭和という近年の日本を舞台とし、作家と外交官という異なる世界で生きた二人の人生を交錯させた歴史小説ということもあって、かなりの関心を持って読み始めた作品でした。

たしかに、主役二人のほかに歴史上実在した多数の人々が登場して物語が展開していくこともあり、惹きつけられました。

ただ、中心となる二人の描き方が表面的に感じられてしまって物語に深みを感じず、また、重要なポイントで偶然という出来事によって物語が進んでいくこともあって、私の関心は離れていったのです。

 

まず、主役である若かりし平井太郎(後の江戸川乱歩)と杉原千畝とは、早稲田にある「三朝庵」という蕎麦屋での偶然に出会います。この点は物語の始まりとしてまだいいのです。

でも、千畝が広田弘毅に会うために鵠沼へ行く途中で久しぶりの太郎と出会ったとなると少々気にかかります。

気になった点の一つとして、いわゆる千畝がリトアニアのカウナスの領事館にいるときに起きたユダヤ難民の(通過)ビザを求め殺到したいわゆる「命のビザ」の事件もあります。

その時の避難民の中にかつて浅草で出会ったバロンがいて千畝の決断に一役買ったというのですが、ここでバロンを持ち出す意味はよくわかりません。

こうした偶然の出来事に物語の進行を委ねる作風はあまり好きではありません。物語のリアリティが削がれると感じてしまうのです。

 

また、本書の主役二人の行動の履歴は良く調べられているのだけれど、二人の心の動きについてわかりにくいものがありました。

乱歩については探偵小説を書くまでの乱歩の行動は紹介してあっても、いざ作品を書く段になるとその作品の生みの苦しみ、作家としての苦悩などは全く描かれずに作品名だけが次々と紹介されていきます。

また、作家になるまでの乱歩の行いも無責任的な行動の描写だけがあり、物語を生み出す平井太郎の描写は少ししかありません。

確かに、粗製乱造気味の自分の仕事についての嫌悪感から仕事から逃避しようとしたりする姿はありますが、それ以上の苦悩は見えません。

太郎は何事においても中途半端であり、燃え上がったと思えばすぐにその火は消え、燃え上がった時の気持ちは萎えてしまい迷惑をかけることになる、との描写があるだけです。

妻の龍子の一途な思いに抗えず結婚することになった事情も一時の熱情のためという説明があるだけです。

とは言いながら、戦後の乱歩の生き方や横溝正史との付き合いなどはほとんど知らない事柄であり関心を持って読みました。

しかし、それは適示された事実に対しての関心であり、物語の面白さに対するものではありません。

 

一方の千畝にしてもその行動の表面をなぞっているように感じてなりませんでした。

ただ、乱歩の描写に比べるとまだ千畝の描き方に魅力を感じたの事実です。語学に対する関心や外交に対する献身、また先妻のクラウディア・アポロノヴァに対する愛情など、かなり惹かれるものがありました。

ただ、須賀しのぶの『また、桜の国で』において感じたような歴史の中に生きる外交官としてのダイナミックさなどの印象はほとんどないのは残念でした。
ナチス侵攻のポーランドに派遣された主人公 自らつかみとるアイデンティティ : 参照)

この作品は、第二次世界大戦前夜のポーランドの姿をワルシャワにある日本大使館に勤務する日本人外務書記生を主人公として描いた作品であり、かなり惹きこまれて読んだ記憶があります。

 

個人的には、二人の偉人を描こうとする作者の心意気は結局はちょっと贅沢すぎたのかな、という印象だったということです。

二人の人生の交錯自体が虚構である以上、二人の接点を歴史的な事実の合間に紛れ込ませなければならず、そのことが結局若干の無理を感じてしまったのかもしれません。

ただ、言う前もないことですが、ほかで批判的な感想は読んだことはありません。

本書は第173回直木賞候補作になっていいるだけの高評価を受けた作品であり、読者からも支持されている作品なのです。

[投稿日]2025年10月17日  [最終更新日]2025年10月17日

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