禿鷹の夜

本書『禿鷹の夜』は、『禿鷹シリーズ』の第一巻目の作品で、ある悪徳刑事の振る舞いを描いた、長編のハードボイルド小説です。

他にはあまり見ることのできないキャラクターを中心に、あくまで乾いたタッチで進む、ユニークで目が離せない物語でした。

 

信じるものは拳とカネ。史上最悪の刑事・禿富鷹秋―通称ハゲタカは神宮署の放し飼い。ヤクザにたかる。弱きはくじく。しかし、恋人を奪った南米マフィアだけは許せない。痛快無比!血も涙もひとかけらの正義もない非情の刑事を描いて、読書界を震撼させた問題作。本邦初の警察暗黒小説の登場。(「BOOK」データベースより)

 

雨の夜、青葉和香子は車のパンクに付け込まれ襲われそうになっていたところを一人の寡黙な男に助けられる。

一方、渋六興業の社長碓氷嘉久造はレストランで食事中に通称マスダと称される南米マフィアの殺し屋に襲われるが、たまたま近くにいた肩幅だけが妙に広い男に助けられた。その男こそが神宮署生活安全特捜班の禿富鷹秋刑事、通称ハゲタカだった。

 

徹底した悪徳刑事の登場です。渋六興業マスダとの間の抗争に首を突っ込み、マスダの殺し屋ミラグロの手から碓氷の身を守りつつ、見返りとして金を受け取っています。

一方では雨の夜に助けた青葉和香子に対しては無制限に品物を貢ぐなど、少々掴みにくい性格の男です。

 

一般の小説の悪徳刑事は、刑事としての仕事の一環としてヤクザと癒着する姿が描かれるのが普通です。そうでない場合は脇役としてすぐに居なくなります。

その繋がりを持ってする情報の収集等によって、結果として事件の解決に役立たせる、というのが普通の流れです。

しかし、本書『禿鷹の夜』のハゲタカの場合、何らかの事件を捜査している描写はありません。彼の動きは、渋六興業をを助ける、動きのみです。警察という立場は、逆にヤクザを助け金を得るために利用する有利な立場でしかないようです。

 

悪徳刑事と言えばまず思い出すのは結城昌治の『夜の終る時』ですが、この本は一応警察小説としての様式は踏んでいました。

 

 

それに深町秋生の『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』も思い浮かびますが、これは悪徳刑事というよりは捜査のために手段を選ばない、という方向の小説です。

 

 

一番本書に近い刑事を描いた作品としては、黒川博行の作品で第138回直木賞の候補作にもなった、大阪府警今里署のマル暴担当刑事の堀内とその相棒の伊達のワルぶりを描いた『悪果』が挙げられそうです。

 

 

本書『禿鷹の夜』の構成が面白いのは、単に主人公が今までにないワルというだけではないようです。ハゲタカの描写の仕方が客観的なのです。ハゲタカの心理描写がありません。ハゲタカの行動はその時に共に行動している別の人間の視点で語られます。

同様のことは逢坂剛のインタビュー記事の『百舌シリーズ』の主人公倉木の心理描写は一切していない、という言葉にもありました。つまりはハードボイルドの手法といえるのでしょう。

 

ハゲタカは他人の思惑など気にせずに、単純に最良の結果を出すための最良の方法を選んでいます。そのためには手段は選ばず、それが暴力であろうと関係ありません。目的のためならば国会議員に手をあげることさえも何とも思っていない男です。

そのハゲタカの人間らしさを思わせる場面があります。そうした場面があることで、客観的描写と共にハゲタカの酷薄さもかえって浮かび上がり、また細かな人情味も出ている、いや推測されるようです。

カディスの赤い星

本書『カディスの赤い星』は、第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞を受賞した長編の冒険小説です。

日本とスペインを舞台にしたスケールの大きな物語であり、十分な読みごたえのある面白い物語でした。

 

フリーのPRマン・漆田亮は、得意先の日野楽器から、ある男を探してくれと頼まれる。男の名はサントス、二十年前スペインの有名なギター製作家ホセ・ラモスを訪ねた日本人ギタリストだという。サントス探しに奔走する漆田は、やがて大きな事件に巻き込まれてゆく。直木賞を受賞した、著者の代表傑作長編。第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回冒険小説協会大賞受賞作。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

サントスとダイヤが埋められたギター「カディスの赤い星」を追ってスペインに渡った漆田は、ギター製作家ラモスの孫娘・フローラが属する反体制過激集団FRAPのフランコ総統暗殺計画に巻き込まれる…。スペイン内戦時の秘密を軸に、日本とスペインを舞台に展開される、サスペンスにみちた国際冒険小説。第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞受賞作。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

 

普通の人が普通の生活を送って行くなかで非日常の世界に巻き込まれ、テロリストや警察など暴力のプロともいえる人間たちに対して敢然と立ち向かっていく、その姿が軽妙な会話にのって綴られていきます。

 

小さなPR会社を営む漆田亮(うるしだりょう)は、最大の得意先である日野楽器の河出広報担当常務から、スペインから来日するホセ・ラモス・バルデスの依頼を受けるように頼まれる。

二十年前にホセの工房にやってきた日本人ギタリストを探してほしいというのだ。

その後、ラモスと共に来日したラモスの孫娘フローラの日本で引き起こした問題もあって、漆田はギタリストを探してマドリードへと旅立つことになるのだった。

 

どちらかと言えば藤原伊織テロリストのパラソルのような作品に近く、特別なヒーローではない、普通の人間が非日常の世界へ巻き込まれていく様が描かれています。

 

 

本書『カディスの赤い星』が刊行されたのがもう三十年近くも前(1986年)ですので、舞台が古いと言えばそうなのかもしれません。

しかし、内容は全くそのような時代の隔たりは感じませんでした。ただただ、良く書き込まれた良質の冒険小説として、心地よい時間を過ごせたと感じるのみです。

 

本書については、作者の逢坂氏本人が対談の中で「『カディスの赤い星』などはチャンドラーへのオマージュです。」と書いておられます。また、「主人公が一匹狼で気の利いた台詞が出てくるような小説は、あの頃の日本には少なかった」とも語っておられ、本書での日本人らしからぬ会話の面白さが納得できました。

本書『カディスの赤い星』の特徴と言えば、この主人公の軽妙な会話にあると言っても過言ではないでしょう。加えて、フランコ政権下のスペインという、当時の時代を反映している舞台設定も興味深いものです。

 

全体として読み応えのある小説でしたが、個人的には終盤の意外性は無くてもよかったのかな、とも思いました。

勿論、どんでん返しの妙という面白さも十分に分かるのですが、物語としてあの結末は好みで無いのです。蛇足でした。

ともあれ、本書『カディスの赤い星』が面白い小説であることに間違いはありません。

逢坂 剛

1943年、東京都生まれ。中央大学法学部を卒業後、博報堂に勤務しつつ小説を書いていたそうです。

趣味としてギターを弾き、後にフラメンコギターにはまってスペインに関心が生まれたといいます。

父親は池波正太郎の『鬼平犯科帳』の挿し絵などで有名な中一弥(なかかずや)氏で、『重蔵始末』の挿絵もそうだということです。

作風は本人も語っているようにチャンドラーやハメットの影響を受けているらしく、インタビュー記事の中に「直木賞を受賞した『カディスの赤い星』などはチャンドラーへのオマージュです。」との言葉もありました。

また、「読者をいかに楽しませるかという気持ちが、逢坂作品の根底にあ」って、読み手に「虚構」と感じさせないように、「そこをいかに上手に描くか、細部のリアリティをしっかり構築するかが肝心」だとも言っておられます。

この姿勢は私が小説に対して常々思っていることなので、このような大御所が同様のことを言っておられると嬉しくなってしまいます。

重厚な冒険小説やハードボイルド小説の書き手として貴重な存在でしょう。

生存者ゼロ

北海道根室半島沖に浮かぶ石油掘削基地で職員全員が無残な死体となって発見された。陸上自衛官三等陸佐の廻田と感染症学者の富樫らは、政府から被害拡大を阻止するよう命じられる。しかし、ある法則を見出したときには、すでに北海道本島で同じ惨劇が起きていた―。未曾有の危機に立ち向かう!壮大なスケールで未知の恐怖との闘いを描く、第11回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。

2013年第11回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作のパニックスリラー大作です。

ストーリーは良く練られていると思いました。冒頭部の細菌性の感染の疑いの導入部から、北海道本土での感染の発生、後手後手となってしまう対策、とサスペンス感は十分に感じられます。

ただ、文章がこなれていないというか、堅く、登場人物の設定にも不自然さを感じてしまいました。ステレオタイプな政治家や鍵を握る学者達の描写も不満が残ります。

とはいえ、『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、かなりの売れ行きも示しているのですから、多くの人はこの小説を支持しているのでしょう。勿論私も本書を否定するつもりはなく、それなりの面白さはあると思っています。ストーリー展開の意外性などは今後に期待の出来る作家さんだと思います。

絶対的な自信を持ってお勧めできる、とまではいきませんが、まあ、面白い小説と分類してもいいのではないかと思います。

日本ではこのジャンルの小説は珍しいのではないでしょうか。まず思い浮かぶのは小松左京の『日本沈没』であり、西村寿行の『蒼茫の大地、滅ぶ』でしょうか。本書に近いのは西村寿行の方でしょうね。前者は古典と言ってもいい本でシミュレーション小説と言うべきかもしれません。『蒼茫の大地、滅ぶ』は飛蝗による災害を描いており、これまた地方自治政策への批判を込めたシミュレーション小説の側面もあります。共にその面白さは抜群です。

天空への回廊

第一級の山岳小説と冒険小説が合体した、実に贅沢な長編の冒険小説です。

山岳小説も冒険小説も笹本稜平という作家の得意とする分野だそうで、評判通りの面白い作品でした。

エベレスト山頂近くにアメリカの人工衛星が墜落!雪崩に襲われた登山家の真木郷司は九死に一生を得るが、親友のフランス人が行方不明に。真木は、親友の捜索を兼ねて衛星回収作戦に参加する。ところが、そこには全世界を震撼させる、とんでもない秘密が隠されていた。八千メートルを超える高地で繰り広げられる壮絶な死闘―。大藪賞作家、渾身の超大作。(「BOOK」データベースより)

 

世界的なアルピニストに名を連ねる真木郷司はエベレストの山頂近くで人工衛星の落下の場面に遭遇した。自らは無事だったものの、親友であるマルク・ジャナンが行方不明となってしまう。人工衛星の回収の手助けを頼まれた郷司は、マルクの捜索のこともあって、再度エベレストに登ることになった。しかし、この事故の裏にはテロリストの絡んだ秘密が隠されており、真木は八千メートルを超えるエベレスト山中でのテロリストとの死闘に巻き込まれることになるのだった。

冒頭に書いたように冒険小説としても非常に読み応えのある作品で、文庫本で六百頁を越えるという長さを感じさせない物語です。

ただ、難を言えば、主人公の真木郷司が少々スーパーマンに過ぎるというところでしょう。

八千メートルを超える高所で無酸素のまま数日を過ごすという話は、少々現実味を欠くのではないか、と読んでいる途中で思ってしまいました。こちらは山の素人ですから、作中に普通はあり得ない行為であることも示してあるので、状況によっては全くの不可能ではない話なのだと、それなりに納得したつもりで読み進めたものです。

それともう一点。物語の根幹にかかわる、テロリストの犯行の動機が少々弱いのではないか、と気になりました。

でも、作者の圧倒的な筆力は、地球で一番高い場所という未知の環境を現実感を持ってに描写しています。この筆力の前には、少々の疑問点など大したことでは無いように思えてしまいます。それだけの力量のある作家の、読者をひきつける面白さを持った物語だったということでしょう。

とにかく、読んでいるといつの間にか物語世界に引き込まれています。評判の高い作品であるのも当然だと思いました。

山岳小説と言えば新田次郎です。この人の書いた山岳小説は多数あって、どれか一つに絞ることさえ難しいのですが、あえて言うならば、「単独行の加藤」と呼ばれた登山家加藤文太郎をモデルとしたノンフィクション小説の『孤高の人 』を挙げてもいいかなとは思います。山岳小説と言えば、この人の作品は避けては通れないと思うのです。

 

 

海外に目を向けると、やはりボブ・ラングレー北壁の死闘をまずは挙げることになります。「J.ヒギンズをして「比類なき傑作」と言わしめた」(「BOOK」データベースより)傑作で、冒険小説としての第一級の作品です。

 

未踏峰

遺骨の入ったケースを胸に、それぞれに事情を抱える橘裕也と戸村サヤカ、勝田慎二の三人は、ヒマラヤ未踏峰に挑んでいた。彼らをこの挑戦に導いたのは登山家として世界に名を馳せ、その後北八ヶ岳の山小屋主人になった“パウロさん”だった。祈りの峰と名づけた無垢の頂きに、はたして彼らは何を見るのか?圧巻の高所世界に人間の再生を描く、著者渾身の長編山岳小説。(「BOOK」データベースより)

 

第一級の面白さを持つ長編の山岳小説です。

 

橘裕也は薬への依存から万引き事件を起こし、戸村サヤカは人とのコミュニケーションをとりにくいアスペルガー症候群という病に罹っていて、勝田慎二は軽度の知的障害を持つ身でした。

そうした三人が力を合わせ、自分たちでビンティ・ヒュッテと勝手に名付けたヒマラヤの未踏峰の初登頂に挑戦する物語です。

 

本作品は、「還るべき場所」ほどの手に汗握るサスペンス色はありませんし、「春を背負って」に見られる山小屋での人との出会いからもたらされる人間ドラマもありません。

しかし、俗世のプレッシャーに押しつぶされかけた、橘裕也を中心とした前記の三人の再生の物語としてみると、これはまたなかなかに捨てがたいものがあります。

 

この三人は、かつての世界的なアルピニストであるパウロさんこと蒔本康平の営む山小屋で働くことになり知り合います。このパウロさんが三人に山のこと、また生きることの大切さを教えるのです。

K2のような名のある高峰ではないし、標高こそ7千メートルに満たないけれど、素人だった三人が登るに決して荒唐無稽では無いというその設定がいいです。

とはいえ、山は山です。死が隣り合わせでいることには間違いはありません。頂上を目指す三人の姿は、予想外の出来事や気象の変化といったサスペンスの要素も加味され、感動的です。

 

先に書いたように、小説としての面白さからすれば「還るべき場所」の方が数段面白いと思います。それでも、この本もなかなかに捨てがたい物語ではないでしょうか。

還るべき場所

世界第2の高峰、ヒマラヤのK2。未踏ルートに挑んでいた翔平は登頂寸前の思わぬ事故でパートナーの聖美を失ってしまう。事故から4年、失意の日々を送っていた翔平は、アマチュア登山ツアーのガイドとして再びヒマラヤに向き合うことになる。パーティに次々起こる困難、交錯する参加者の思い。傑作山岳小説、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)

 

山岳小説としてもサスペンス小説としても、共に第一級の面白さを持つ長編の山岳小説です。

 

ヒマラヤ山脈のK2で、恋人であり山のパートナーでもある栗本聖美を失った矢代翔平は、その後の四年の間失意の底から立ち直れずにいた。

そこに、山の仲間でる板倉亮太の登山ツアーのガイドの手伝い依頼が来る。K2に再度挑戦し、聖美の最後を確認するために翔平は再び山に登る決心をするのだった。

 

ただでさえ山での自然との対峙それ自体が緊張感をはらむものであり、サスペンスフルな物語であるのに、そこに更なる仕掛けを施し、より緊張感を持った手に汗握る物語が構築されている、そんな物語として仕上がっています。

その上で上質の人間ドラマが展開されるのですから見事としか言いようがありません。

確かに、読み始めてから暫くの間は冗長に感じるところもああるのですが、ヒマラヤに挑戦する第三章のあたりからはそれまでの印象は異なり、文字通り本を置くことができないほどに入り込んでしまいました。

 

山を舞台にした小説は一般の小説とは異なり、常に自然からもたらされる「死」を見据えて語られるので緊張感があるのでしょう。

その緊張感の中で人間ドラマが展開されるのですが、作者の描写力が無ければ緊張感も表現できるものではないし、読者の共感を得られるものではないことは勿論です。

笹本稜平という作家は、その描写力でその緊張感を持続させながらも、サスペンスに満ちた上質な山岳小説を仕上げています。

 

本書は人物設定もまた良くできています。中でも登山ツアーの一員として財界の大物である神津という男がいるのですが、この男が少々出来過ぎかと思えるほどにやり手で魅力的な男として描かれています。

物語進行上のキーマンでもあるのですが、秘書の竹原との会話がなかなかに読ませます。

山に登る、そのことについての考察もこの二人の会話で為されているのです。この二人を中心に据えた物語を読みたいと思ってしまいました。

 

この作家には他に、山小屋で展開される人間ドラマを中心とした「春を背負って」、高所での諜報戦がらみの冒険小説である「天空への回廊」、エベレストを舞台にした魅力あふれるドラマが展開される「未踏峰」など、他にも面白そうな山の物語があります。

 

つばくろ越え

江戸と諸国を独りで結ぶ、通し飛脚。並外れた脚力に加え、預かった金品を守るため、肝がすわり機転がきき、腕も立つ男でなければ務まらぬ。蓬莱屋勝五郎の命を受け、影の飛脚たちは今日も道なき道を走る。ある者は寄る辺ない孤児を拾い、ある者は男女の永遠の別れに立会う。痛快な活劇と胸を打つ人間ドラマを共に備えた四篇を収録。著者の新世紀を告げる時代小説シリーズ、ここに開幕。(「BOOK」データベースより)

 

飛脚問屋蓬莱屋シリーズの第一作目の四編の短編を収めた時代小説集です。

 

飛脚問屋蓬莱屋の雇人夫々に焦点が当たり、各短編を構成しています。そして全体として飛脚問屋蓬莱屋の物語なのです。

夫々の短編の主人公の書き分けが若干分かりにくいかなという気はしますが、それでも、その人物なりの生き方を芯に持って、ただひたすらに生きていく様が描写されています。

 

この本を読んで久しぶりに良質のハードボイルドに出会った気がして、また志水辰夫の未読の本を数冊読むことになりました。

みのたけの春

幕末の北但馬。寂れつつある農村の郷士・清吉は、病気の母と借財を抱えながらも、つましく暮らしていた。ある日、私塾に通う仲間・民三郎が刃傷沙汰を起こす。清吉は友を救うべく立ち上がるが、事態は思わぬ波紋を呼んだ。激動の予兆に満ちた時運に、民三郎らが身を委ねていくなか、清吉はただ日常をあくせくと生きていく道を選ぶのだった。名もなき青春群像をみずみずしく描いた傑作時代長編。(「BOOK」データベースより)

 

志水辰夫の描く第二弾の長編時代小説です。

 

幕末、若者は時代の変革に乗り遅れまいとしますが、主人公の暮らす田舎へも時代の波は押しかけます。

病の母の看病に追われる主人公はその波に飲み込まれようとする仲間を引きとめますが、時代はそれを許そうとはしません。主人公とその仲間の生きざまを描きだす名品だと思います。

 

いわゆるヒーローが活躍するハードボイルドではありませんが、主人公の内面を叙情的な文体で照らしだす本書はまさにシミタツ節です。

本書は志水辰夫の時代物第二作です。

約束の地

ただひとりの肉親だった祖父を目の前で殺害された渋木祐介少年の生活は、その日を境に一変した。事件を契機に、大物右翼の庇護を離れて成長していった祐介は、やがて祖父と自身の出自、そして祖父の死の真相を知ることになる。運命に弄ばれるかのように、波乱の人生を送る祐介の姿を描いた長編冒険小説。(「BOOK」データベースより)

 

主人公は幼いころは祖父のもとで暮らしています。しかし、目の前で祖父を殺され生活は一変します。長じて自身や祖父のの秘密が明らかになるにつれ、トルコやアルメニアの歴史が絡むスケールの大きな話になっていきます。

 

この本を紹介するのはもしかしたら間違いかもしれない、と思うほどに少々とりつきにくい本です。

しかし、後半展開が動いてくるにつれ物語に引き込まれていきます。