臨床心理士の佐久間美帆は、勤務先の医療機関で藤木司という二十歳の青年を担当することになる。司は、同じ福祉施設で暮らしていた少女の自殺を受け入れることができず、美帆に心を開こうとしなかった。それでも根気強く向き合おうとする美帆に、司はある告白をする。少女の死は他殺だと言うのだ。その根拠は、彼が持っている特殊な能力によるらしい。美帆はその主張を信じることが出来なかったが、司の治療のためにも、調査をしてみようと決意する。美帆は、かつての同級生で現在は警察官である栗原久志の協力をえて、福祉施設で何が起こっていたのかを探り始める。しかし、調査が進むにつれ、おぞましい出来事が明らかになる。『このミステリーがすごい!』大賞第7回大賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
今、個人的には一番押している作家の一人である柚月裕子氏のデビュー作で、『このミステリーがすごい!』大賞第7回大賞を受賞した作品です。
主人公である臨床心理士の佐久間美帆は、自分の担当する青年の藤木司の、「共感覚」という特殊能力を根拠とする、ある少女の死が他殺だという告発をきっかけとして、信じがたいとは思いつつも自らその少女の死について調べようとします。その「共感覚」とは、人の心が「色」として見えると言うのです。
ここまではまあ許せるのです。というよりはなかなかに興味を惹かれる設定ですらあります。しかし、この先の佐久間美帆という女性の突っ走りようは尋常ではありません。勿論彼女一人で調査を始めるのではなく、かつての同級生の力を借りて調べようとはしているのですが、結局は単独での行動が過ぎます。あまりに向こう見ず過ぎて、この物語の現実感が無くなってしまっているのです。
エンターテインメント小説の主人公ですからある程度の無茶は仕方がない面もあるのですが、結果として事件解決の役には立ったとしてもやはり無理と言わざるを得ないのです。
また、彼女に秘密を打ち明けた青年藤木司の行動も激情的に過ぎると感じました。主人公同様に少々誇張が過ぎるのです。
とはいえ、本作品は柚月裕子氏のデビュー作だということを考えると、これだけの作品を書く才能は素晴らしいと言わざるを得ないのです。だからこそ『このミステリーがすごい!』大賞の対象を受賞したのでしょうが、作品を作品として見た時には、やはり感情移入がしにくい作品ではありました。