柚月 裕子

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あしたの君へ』とは

 

本書『あしたの君へ』は、、2016年7月に刊行され、2019年11月に文庫化された作品で、文庫本で296頁という長さを持った全五編からなる連作の短編小説集です。

家庭裁判所調査官補を主人公にしたヒューマンドラマであり、柚月裕子らしい正義感に満ちた物語です。

 

あしたの君へ』の簡単なあらすじ

 

寄り添う事で、人の人生は変えられるかーー
『孤狼の血』『盤上の向日葵』『慈雨』の次はこれ!!
柚月裕子が描く感動作!!

裁判所職員採用試験に合格し、家裁調査官に採用された望月大地。
だが、採用されてから任官するまでの二年間ーー養成課程研修のあいだ、修習生は家庭調査官補・通称“カンポちゃん”と呼ばれる。
試験に合格した二人の同期とともに、九州の県庁所在地にある福森家裁に配属された大地は、当初は関係書類の記載や整理を主に行っていたが、今回、はじめて実際の少年事件を扱うことになっていた。
窃盗を犯した少女。ストーカー事案で逮捕された高校生。一見幸せそうに見えた夫婦。親権を争う父と母のどちらに着いていっていいのかわからない少年。
心を開かない相談者たちを相手に、彼は真実に辿り着き、手を差し伸べることができるのかーー。
彼らの未来のため、悩み、成長する「カンポちゃん」の物語。

●柚月裕子は正義が似合う。
調査を通じて、なぜ罪を犯したのかを考えさせる。
ここがうまいんです。とても泣けます。
だから『あしたの君へ』という作品がいちばん好きなんです。
–今野敏氏(内容紹介(出版社より))

 

あしたの君へ』の感想

 

「背負う者」(十七歳 友里)
窃盗で送致されてきた友里は、家裁での大地の質問には応じようとはしない。そして、事件の背景調査で訪ねた友里の家はネットカフェであり、母の言いつけを守る友里ではあったのだ。
「抱かれる者」(十六歳 潤)
ストーカー行為に加え、カッターナイフをちらつかせていた十六歳の潤は、家裁での面接では優等生としての顔しか見せない。しかし、面接に応じようとしない父親からは、思いもかけない事実が明らかにされるのだった。
「縋る者」(二十三歳 理沙)
久しぶりに故郷に帰り、同級生の飲み会に参加する大地だったが、ほのかに恋心を抱いていた同級生の理沙に愚痴をこぼすと、理沙からは意外な言葉が返ってきた。
「責める者」(三十五歳 可南子)
家事事件へと担当が変わった調査官補の大地は、精神的虐待を理由に妻が離婚を訴えている調停事件を受け持つことになった。しかし、夫や義理の両親への聴取では虐待をうかがわせるものは無い。しかし、可南子の通う病院で話を聞くと事情は全く異なる様相を見せるのだ。
「迷う者」(十歳 悠真)
大地は離婚に伴う親権を争う事件を担当することになった。十歳になる悠馬に話を聞いてもはっきりした返事を得ることはできない。ふた親の生活環境を調べると、母親である片岡朋美に男の影があった。

 

あしたの君へ』の感想

 

本書『あしたの君へ』は、『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞を受賞した著者柚月裕子の受賞後第一作だそうで、望月大地という家庭裁判所調査官補を主人公にした全五編の連作短編小説集です。

 

 

本書『あしたの君へ』は、これまでの柚月裕子の作品とは少しだけ印象が異なります。

社会性を帯びているという点では同じですが、主人公が未来がある若者であるということからか、登場人物に対する目線が少しだけ優しい感じがするのです。青春小説としての一面を持っているからかもしれません。

人間ドラマを描こうとすれば、「裁判」は格好の舞台となりえます。しかし、裁判所に行って民事でも刑事でもいいので、そこで行われている裁判を傍聴してみれば、証人尋問の場面などを除けば、テレビドラマなどで行われている裁判劇との違いに驚くことでしょう。

いっぽう、家庭裁判所は扱う事件が少年事案や家庭内の問題であり、推理小説の題材となるような派手さはありません。また、その性質上非公開で審理が行われることもあって、小説の題材とはなってこなかったのではないでしょうか。

 

家庭裁判所を舞台にした小説は私が読んだ範囲では思い出せません。

ただ、漫画では『家栽の人』という作品がありました。この漫画は、本書『あしたの君へ』とは異なって主人公は家庭裁判所の裁判官です。「植物を愛するように人を育てる異色の家庭裁判所判事」として、杓子定規な法律の適用だけではない判断を下すのです。これも良い作品でした。

私は未読ですが、伊坂幸太郎氏の作品で『チルドレン』という作品が、家庭裁判所調査官を主人公とした小説だとのことでした。近いうちに読んでみようと思います。

 


 

繰り返しになりますが、家庭裁判所は推理小説の題材となるような新聞に載るような事件性のある事案こそありません。

しかし、事案が事案だけに人間ドラマとして見た場合は、言葉は妥当ではないかもしれませんが、さまざまな人間模様を観察できる場所ではあります。

その点に目をつけ家庭裁判所調査官を主人公として書かれたのが本書『あしたの君へ』は、です。

家庭裁判所調査官とは、「裁判官の指示で、少年事件や離婚問題などを調査し、裁判官が判断の参考にする資料を作成する仕事」( 著者は語る : 参照 )です。

個々の事件ごとに、対象となった事案の陰に隠された真実を探り当てるというミステリーとしての興味もありながら、隠された事実からうかがえる人間ドラマこそ、作者が描きたかったことでしょう。

また、当初は家庭裁判所調査官補であった主人公望月大地が、「補」がとれ、一人前の調査官として成長していく姿が描かれています。

本書『あしたの君へ』は、まさにこの作者が得意とする、また描きたい分野の物語だと思われます。シリーズ化されるかと思っていましたが、2022年6月現在でも続編は書かれていないようです。

[投稿日]2017年07月12日  [最終更新日]2024年3月30日
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今回の題材は、家庭裁判所調査官。裁判官の指示で、少年事件や離婚問題などを調査し、裁判官が判断の参考にする資料を作成する仕事だ。

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