本書『さよなら妖精』は、文庫本で362頁の長編の青春推理小説です。
後の『王とサーカス』の太刀洗万智の高校時代を描いた作品であり、青春小説としても面白く読んだ作品でした。
『さよなら妖精』の簡単なあらすじ
1991年4月。雨宿りをするひとりの少女との偶然の出会いが、謎に満ちた日々への扉を開けた。遠い国からはるばるおれたちの街にやって来た少女、マーヤ。彼女と過ごす、謎に満ちた日常。そして彼女が帰国した後、おれたちの最大の謎解きが始まる。謎を解く鍵は記憶のなかにー。忘れ難い余韻をもたらす、出会いと祈りの物話。『犬はどこだ』の著者の代表作となった清新な力作。(「BOOK」データベースより)
第一章「仮面と道標」
ある雨の日、高校生の守屋路行はクラスメイトの太刀洗万智と共にユーゴスラビアから来たマーヤという少女と出会い、行くところのないマーヤのために同級生の白河いずるの旅館に紹介するのでした。
政治家になるというマーヤは、日本での日常に潜む「雨の中を傘をささずに走っている男」や「神社に餅を持って行くカップル」、「墓に供えられた紅白饅頭」といった事柄の意味を探ります。
そうしたマーヤの抱いた疑問の意味をセンドーという愛称で呼ばれている太刀洗万智はすぐに理解し、読者と同じ目線で謎ときをする守屋に対して、謎ときへと導く役割を担っているのです。
彼ら二人と白河いずる、それに守屋と同じ弓道部に属する文原竹彦と額田広安とを加えた五人の、マーヤを中心とした青春物語が繰り広げられます。
第二章「キメラの死」
マーヤの故郷のユーゴスラビアでは戦火がひどくなる一方でした。マーヤはユーゴスラビアのことを勉強する守屋に祖国の現状をを説明します。
いずるの家で、戦火がひどくなる一方の祖国へ帰るというマーヤの送別会が開かれます。そこでは、いずるの名前の由来の推理など、皆の楽しいひとときがありました。
守屋はマーヤと共にユーゴスラビアへ行くと言いだしますが、マーヤは「観光気分」だ言い残して祖国へと帰ってしまうのでした。
第三章「美しく燃える街」
マーヤが帰ってから一年が経ち、序章の場面へと戻ります。日記など資料を持ちより、マーヤの帰っていった祖国は六カ国からなるユーゴスラビア連邦の何処なのかを推理します。
そこに太刀洗が現れ、マーヤの現況、本当の思いなどを明らかにするのです。
『さよなら妖精』の感想
本書『さよなら妖精』は、『王とサーカス』と『真実の10メートル手前』に探偵役として登場する太刀洗万智の高校時代を描いた青春ミステリー小説です。
この二作品はベルーフシリーズと呼ばれています。本作もベルーフシリーズに位置づけてもいいとは思うのですが、主人公は守屋路行であり、マーヤでもありますのでそうもいかないのでしょうか。
本書『さよなら妖精』は太刀洗の高校生時代が描かれた青春小説として光を放っています。
私たちの日常に潜む謎をミステリーとして小説に仕上げ、更にはユーゴスラビア紛争という世界的な事件を取り上げてその背景をミステリーに仕立てながらも、登場人物たちの青春時代を切り取った小説として切ない側面も見せています。
とはいえ、ミステリーとしての側面は通常の推理小説とは異なり、本格派推理小説と同じように論理的な謎解き自体を楽しむ構成であり、物語自体の進行とは別になっています。
ということで、全体的な物語の要約を書いてもネタばらしにはならないと思われ、上記の記述になりました。
本書『さよなら妖精』は、もともとこの作家のデビュー作である『氷菓』を第一作とする青春推理小説である『古典部シリーズ』の三作目として書かれていたものを、諸々の事情により全面的に改稿されて出版されたものだそうです。
青春小説として異彩を放っているのも納得のことでした。
本作『さよなら妖精』のように、他国を舞台にその国の国情を反映させた作品としては、本書の作者である米澤穂信の『王とサーカス』があります。ネパールを舞台にして、フリージャーナリストとして駆け出しの太刀洗万智が登場します。
また、ヨーロッパに目を向けると、ポーランドを舞台にした須賀しのぶの『また、桜の国で』という作品があります。
推理小説ではないのですが、ワルシャワの実情を描き、世界の中の日本を考えさせられる作品で、第156回直木賞の候補作にもなった作品です。
他にも、第二次世界大戦下のヨーロッパ戦線を舞台にしたミステリー仕立ての深緑野分の『戦場のコックたち』という直木賞候補となった作品もありました。
ミステリー仕立ての青春小説という観点では、恩田陸の、第2回本屋大賞を受賞した『夜のピクニック』という作品もそうです。
高校生がただ80Kmを歩くというイベント、その一夜の出来事だけで素晴らしい青春小説が展開されています。
本書『さよなら妖精』は、切なさにあふれた青春小説であり、太刀洗万智の推理が楽しめるミステリーであって、ユーゴスラビア連邦という異国の歴史をも取り込んだ、贅沢な小説でした。
ちなみに、マーヤのユーゴでの一日を描いた短編「花冠の日」も載っていました。私は本作品を単行本で読んだのですが、文庫版にも載っているそうです。