宇江佐 真理

イラスト1
Pocket

文庫

実業之日本社

写真は Amazon にリンクしています。

楽天Booksは 楽天Books へ。


宇江佐真理という作家にしては珍しくファンタジーの匂いを持っている、江戸の各所の堀に絡めた、決して明るくはない物語集です。

「ため息はつかない」 早くに両親を亡くした豊吉は、父親の妹の‘おます’に育てられた。おますは口うるさく、逃げ場のない豊吉は思わずため息をつく。そのうち薬種屋の「備前屋」に奉公し、18歳になった豊吉は行かず後家と陰口をたたかれている備前屋の娘との縁談が進むが、女中のお梅からも思いを寄せられるのだった。
 「裾継」 深川にある岡場所のひとつ裾継(すそつぎ)にある「子ども屋」(遊女屋)の女将である‘おなわ’は、亭主の彦蔵の先妻との娘‘おふさ’との不仲に悩んでいた。十三歳になったおふさは、おなわが父親の彦蔵の浮気に気付かないことがいらいらすると言うのだ。
 「おはぐろとんぼ」 ‘おせん’が料理人として奉公していた日本橋小網町の「末広」という料理茶屋に、新しい板前がやってきた。しかし・・・。
 「日向雪」 二男の竹蔵は、女のために皆に無心しているらしい。母親の葬儀に帰ってきた竹蔵は、女のために家族に迷惑をかけて良いのかという梅吉を殴り倒してしまう。
 「御厩河岸の向こう」 ‘おゆり’が手を掛けて育てたた弟の勇助はおゆりになついていた。勇介は自分が生まれる前のことを覚えていて、御厩河岸の川向うにある夢堀の傍に住んでいた、と言うのだ。
 「隠善資正の娘」 八丁堀界隈の「てまり」という縄暖簾の店に‘おみよ’という十九歳の娘がいた。「てまり」に足繁く通う北町奉行所吟味方同心である隠善資正は、おみよに行方不明になった自分の娘の姿を重ねていた。

宇江佐真理の作品群からすると平均的な作品だと思いました。水の都である江戸に散在する「掘割」をモチーフにした人情小説集です。

似たようなモチーフの作品に 藤沢 周平の『橋ものがたり』があります。また、「坂」をテーマにしている作品集として藤原緋沙子の『月凍てる: 人情江戸彩時記』などもあります。藤原緋沙子氏が言うように、結界としての川であり、坂であって、結界を越えることにより変化が生じ、ドラマが生まれるのでしょう。

本書の「堀」は、「結界」とは少し違い、単に特定の「場所」を強調する意味しかないとも思えますが、内容はここにあげた作品に決して劣るものではありません。

本書は、決して明るくはない物語ですが、かといって悲観的ではありません。この作者の物語らしく常に未来を見据えています、また、心象を表現する情景の描写も相変わらずにうまい、としか言いようがありません。とくに「裾継」は、本作品集の中では私が一番好きな作品で、小気味良い言葉の羅列で終わる最後の行など、私の心にぴたりとはまりました。

残念ながら宇江佐真理氏は 2015年11月に亡くなられましたが、作品はいつまでも残ります。これらの素晴らしい人情物語をこれからも読み続けていきたいと思います。

[投稿日]2016年01月07日  [最終更新日]2016年1月7日
Pocket

おすすめの小説

おすすめの市井ものの時代小説

この分野の作品も挙げればきりがありません。他にも多くの市井の人情を描いた作品があります。下記は単に一例です。
夢草紙人情おかんヶ茶屋シリーズ ( 今井 絵美子 )
『夢草紙人情ひぐらし店』の続編で、貧しくても懸命に生きる人々が支え合う姿を、温かな惣菜の風味とともに描く時代小説。
あやめ横丁の人々 ( 宇江佐 真理 )
女敵討ちの末に、様々な事情から逃亡する羽目に陥った紀藤慎之介が匿われた先は、わけありの人たちが暮らす「あやめ横丁」だった。この作者には他にも多くの人情物語があります。
人情裏長屋 ( 山本 周五郎 )
この作家の短編作品集は武家もの、滑稽ものなどどれか一つの分野ということはありません。本作品集にしても武家ものが多いようですが、市井ものもあり、私が最初に読んだ作品集ということで取り上げました。
八つ花ごよみ ( 山本 一力 )
江戸市井に生きる人々の、ゆかしい人情が深く心に泌み渡る、傑作短編集。この作家も多数の市井ものを書かれています。
善人長屋 ( 西條 奈加 )
西條奈加著の『善人長屋』は、悪党ばかりが住む長屋に住むことになった加吉が巻き起こす騒動を描いた作品です。本物の善人で、人助けはするものの、その後の処理は何もできない加吉を助け、長屋の悪党どもが手助けをすることになるという、人情味豊かな連作短編集です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です