上橋 菜穂子

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新刊書

KADOKAWA/角川書店

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強大な帝国・東乎瑠にのまれていく故郷を守るため、絶望的な戦いを繰り広げた戦士団“独角”。その頭であったヴァンは奴隷に落とされ、岩塩鉱に囚われていた。ある夜、一群れの不思議な犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。その隙に逃げ出したヴァンは幼子を拾い、ユナと名付け、育てるが―!?厳しい世界の中で未曾有の危機に立ち向かう、父と子の物語が、いまはじまる―。(「BOOK」データベースより)

本書が抱えているテーマは「生命」であり、そのテーマを展開するためにこの物語の構築している世界は綿密に計算されていて、本書に登場する地方ごとの政治体制や各部族の習俗などが緻密に構築されています。その世界を主人公ヴァンらが所狭しと活躍するのです。決して一つの地方だけではなく、構築された物語の世界を縦横無尽に駈けまわり、物語の世界の広大さを感じさせてくれています。

上橋菜穂子という作家の作品は、物語の舞台となる架空の世界の構築が非常にうまい作家さんです。基本となる世界感が厳密に構築されているからこそ、その舞台に登場する人物らが生き生きと動き回ることができるのです。特に本書はそうで、飛鹿(ピュイカ)というカモ鹿に似た動物を乗りこなす、などのファンタジー特有の架空の設定が実にリアリティーを持って読者に迫ってきます。

本書にはもう一人の主人公と言ってもいい医術師であるホッサルという人物がいます。この人物を巡っての物語で、より直截的に医療行為についての考察が為されます。そして、もう一人ヴァンと共に流行り病を生き延びたユマという幼子がいて、本書で重要な役割を担っているのです。

これらの人物の配置は、本書を冒険譚として読み進めるうちに本書のテーマとする「生命のありよう」が自然に読者の心の裡に住みついている、という本書のもつ仕組みの重要な要素となっています。

本書はまた、個々の人間の身体に存在する無数の微生物の活動によって人間の生命活動が維持されており、その個々の人間が集まって社会を形成しつつ生きているというその関係性を小説として組み立てています。この手法は日本のSF界の重鎮であり、あの名作『日本沈没』を著わした小松左京が顕著でした。小松左京という人は壮大なハードSFからコミカルな短編まで様々なジャンルの小説を書かれていますが、アイデアの源泉を人体に求めている短編作品が少なからずありました。その点では半村良にも人体の仕組みをモデルにした作品がありましたが、どちらもタイトルを覚えていません。なお、右に挙げている小松左京の本はセレクションであり、共にKindle版です。

本書は宗教の側面も考えられています。それは、ホッサルらの治療行為をかみの意思に反するものとして受け入れない帝国の医師団として設定されています。このことは現実にもキリスト教の一つの派の中に似たような考え方をする人らがいて問題となりました。

このように多くの問題提起を含む本書ですが、先にも述べたように、示されているテーマなど考えずに単に一遍の冒険譚として非常な面白さを持った作品です。だからこそ本屋大賞も受賞し、加えて日本医療小説大賞をも受賞しているのだと思われます。

勿論本書の掲げるテーマなど全く考慮することなく、単純に主人公ヴァンらの冒険譚として十分以上に面白い物語です。

[投稿日]2017年01月11日  [最終更新日]2017年1月11日
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