本書『とんずら屋請負帖 仇討』は、「とんずら屋シリーズ」の第二弾である長編の痛快人情時代小説です。
第一弾同様の小気味よい文章に乗って語られる物語は心地よく、同様に気持ちよく読み終えました。
女であることを隠し、伊勢崎町の『松波屋』で船頭を務める弥生。この船宿には裏稼業があった。何かから逃げだいと望む者を、金子と引き換えに綺麗に逃がす、「とんずら屋」。宿に長逗留する丈之進は、こちらもわけあって呉服問屋の跡継ぎを装っているが、国許からの「仇討の助太刀をせよ」との要請に、頭を悩ませていた。そんな船宿に、お鈴という新顔の女中が。どこか武家の匂いが漂うお鈴、それぞれの事情が交錯して―。シリーズ第2弾!(「BOOK」データベースより)
この作家は年ごとにどんどん進化している印象を受けます。本作では登場人物の心理をも含め一段と丁寧に書き込まれており、読み手の心をしっかりと掴んでいます。
裏の稼業「とんずら屋」を営む船宿「松波屋」では、辞めた女中の代わりとして、八歳の息子徳松を長屋に置いての奉公だというお鈴という女がやってきた。
何とか他の女中とも上手くいきそうだと思った矢先、弥生こと’弥吉’は、「松波屋」に長逗留している若旦那の進右衛門から、「武家の女の匂いがする」お鈴とは「少し間合いを置いた方がいい」と言われてしまう。
親の仇の澤岡左門を探さねばならないお鈴をめぐり、物語は展開していく。
前巻から登場している京で評判の呉服問屋『吉野屋』の跡継ぎとして「松波屋」に長逗留している若旦那という触れ込みの進右衛門は、実の名を各務丈之進(かがみじょうのしん)と言います。
その丈之進の父親で、来栖(くるす)本家の国家老である各務右京助(かがみうきょうのすけ)が本シリーズの敵役として位置付けられることがはっきりとしてきます。
本書『とんずら屋請負帖 仇討』でも、この父の謀により「とんずら屋」の面々が駆けずり回ることになります。
とは言いいながら、今回は進右衛門が主人公だと言ってもいい程に、進右衛門を中心に物語は進みます。
特に、進右衛門と、お鈴の仇である澤岡左門(さわおかさもん)との間が興味深く書き込まれています。
更に、本書『 仇討』での話の中心のお鈴と、その仇ではあっても、真に侍らしい侍である澤岡左門との関係にまつわる謎が解き明かされていく過程は、実に小気味いいものがありました。
この作者の一番の魅力は、各シリーズの人物造形の面白さもありますが、その文章にあるようです。説明的でなく、テンポのいい会話や情景描写の中で自然に人物の人となりが浮かび上がってきます。
小説家なら当たり前のことのようですが、説明的ではない文章でありながら個人的な好みに合致する人はあまりいません。
澤岡左門が「とんずら屋」の手助けによって逃げる教え子にむかい、「生きていくための芯は自らの裡に置け」という場面があります。他の人の言葉で自分の信条を歪めるなと言うのです。
この言葉が上手いなと思い心に残ったのですが、伊藤和弘氏も解説で澤岡左門の人となりを表すのに同じフレーズを引用しておられ、私の印象もあながち的外れではないな、と思ってしまいました。
本書『とんずら屋請負帖 仇討』は、来栖家の内紛に巻き込まれた、来栖家当主の血筋である’弥生’をめぐる話と、「とんずら屋」での船頭としての’弥吉’をめぐる話の夫々が複雑な内情を持っているのに、更に各巻毎の謎を絡ませながらも、読み手にその複雑さを感じさせずに話の中に引き込むその手腕は見事です。
早速他の作品も読みたいと心待ちにしているのですが、もう続編はかかれないのかもしれません。残念です。