騙されたら、騙し返せ。駆け引きこそが生き甲斐だ―。目黒・祐天寺の火事に隠された、水野忠邦の非情なたくらみ。そのからくりを知った遠山金四郎は、鳥居耀蔵と手を組み、水野に「取り引き」を持ちかける。ひとりの遊女の行く末を巡って絡み合う。三者三様の思惑とは。三つ巴の知恵比べが、花の吉原で大きく動き出す。(「BOOK」データベースより)
遠山金四郎を主人公とした痛快時代小説です。
若かりし頃の遠山の金さんと後の妖怪である鳥居耀蔵とがタッグを組み、後の老中水野忠邦の非道を懲らしめる、という実にユニークな設定の長編の痛快時代小説です。
目黒の祐天寺の焼け跡から身元の知れない女と盲目の僧侶の焼死体が見つかった。たまたま水野の身辺を探っていた鳥居の仲間が、祐天寺の火事は水野の仕業だという。吉原で金四郎の敵娼(あいかた)である花魁夕顔の弟が、祐天寺で亡くなった僧侶だったところから、金四郎は鳥居と組んで水野忠邦の鼻をあかそうとするのだった。
冒頭書いたように、まだ若かりし頃の遠山金四郎、鳥居耀蔵、水野忠邦という、その名前を知らない者はいないだろう程の人物を、それも金さんと鳥居とを仲間にして水野と戦うという、なかなかにユニークな舞台設定の小説です。この点は他に見たこともなく、興をそそられます。
遠山の金さんや妖怪鳥居耀蔵を描いた作品としては、神田たけ志画の「御用牙」という劇画や、西條奈加の『涅槃の雪』などがありますが、共に老中水野忠邦の天保の改革を時代背景とした中で、鳥居耀蔵を悪役として前面に出して描いている作品です。
若かりし頃の遠山金四郎、鳥居耀蔵らを主人公とした本書は、設定は面白いのですが、残念ながら物語の展開が偶然にたよる場面が多く、作者の独りよがりと言われても仕方がないと感じる個所が少なからずありました。
鳥居の仲間がちょうど水野を探っていたから水野の仕業と分かる、という水野との対決のきっかけも偶然ですし、その火事で亡くなった僧侶がたまたま金四郎の敵娼の弟だった、というのも少々出来すぎです。
もう少し、必然性とまでは言いませんが納得できる理由が欲しいと思ってしまいます。
金四郎が命をかけて水野との戦いに挑む動機も、たまたま敵娼だった花魁の弟が殺されたから、というのでは説得力を感じません。それならそれで金四郎の性格など、感情移入できるだけの材料、つまりは読みである私を納得させる理由が欲しいのです。
とても、この花魁の初めての男が金四郎だったことや、金四郎がかなりの遊び人であり「暇だったから」などというのでは納得できる理由とは言えないのです。
もう一点、本書ではストーリー運びに力が入っていて、情景描写があまりありません。そのためか、会話はテンポよく進むのに、その場面の情景は浮かばず、人物がいる場所が空白でしかありません。こういう印象は初めてだと思います。
勿論、本書を面白いと言われる読者も多数おられます。気楽に楽しめる作品という意味では私も同感です。テンポよく、肩の凝らない読み物であることには違いなく、上記のような文句をつけずに、気楽に読み飛ばすにはいいかもしれません。が、田牧大和という作家の力量からすると、本書の水準以上のものを要求してもいいと思うのです。
せっかく面白い舞台設定なのですから、この作家さんならばまだまだ面白い物語を構築できるはずです。続編があるので、そちらに期待します。