訳ありの住人ばかりが集う、通称“烏鷺入長屋”に引っ越した役者の濱次。その家主で質屋のおるいは、筋金入りの“芝居者嫌い”だった。ある日、金を借りに来た三味線弾きの豊路に、おるいは意外な、けれど芝居で大切な役割を担う「あるもの」を質入れしろと言う。濱次シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)
濱次シリーズの第二作目です。
中二階の女形である主人公の濱次は、それまで住んでいた長屋を追いだされ、通称「烏鷺入長屋」と呼ばれる後家さんが暮らす長屋に移ることになった。家主は「竹屋」という質屋であり、この物語の中心となるのが、そこの男勝りのおるいという女主人だった。
江戸時代の質屋では利息が収入源であり、質草も客の心意気や体面といった見栄に関わるものが一般的だった、といいます。
本書冒頭に語られる大工と「竹屋」のおるいとの掛け合いも、質入れされた月代(さかやき)をめぐる揉め事です。月代を質入れすると月代を剃ることはできなくなります。つまりは「恥ずかしさ、ばつの悪さ」と引き換えに質屋は金を貸すのだそうです。
この「竹屋」に、森田座の訳ありの三味線弾きが「掛け声」を質に入れます。つまりは、舞台上で三味線の曲の合間の掛け声をかけることができなくなり、事実上三味線を弾けなくなるのです。
しかし、これが騒動を巻き起こします。そこには、前作でも狂言回し的な存在であった奥役の清助が再び絡んできて、同時に、濱次が演じる筈の舞台の配役へも飛び火することになります。
本シリーズは芝居小屋が舞台であることから、この作者がもともと持っているリズムの良さが、小粋な舞台設定と相まって実に粋(すい)な色合いを醸し出しています。濱次の師匠の有島仙雀、森田座の座元の森田勘弥といったいつもの人物たちも当然のことながら登場し、物語の脇を固めています。
歌舞伎の世界を背景にした物語と言えば、まずは松井今朝子の『花伝書シリーズ』を思い出されます。綿密な考証の上に構築された世界は、格調高く、ミステリーとしての面白さも抜群です。
また、杉本章子の『お狂言師歌吉うきよ暦シリーズ』もあります。下町娘が女歌舞伎の世界で活躍する物語ははなやかで、すぐに物語の世界に引き込まれました。
また、近藤史恵の『猿若町捕物帳シリーズ』も挙げて良いのでしょう。捕物帖ですが第一作目の『巴之丞鹿の子』は歌舞伎の世界が舞台になっています。
どの作品も、粋さを堪能しつつ、人情物語としても、作品によってはミステリー者としても第一級の面白さを持った物語です。