しがない蕎麦屋を営む銀太、秀次の兄弟と、北町奉行所・吟味方与力助役の貫三郎は幼馴染。吟味で腑に落ちないことがあると、貫三郎は身分を隠して二人に知恵を借りに来る。そんな三人が、江戸中を騒がす連続辻斬り事件に巻き込まれた。真相を暴くため、銀太は…。傑作時代ミステリー誕生! (「BOOK」データベースより)
「錠前破り、銀太シリーズ」第一弾の痛快長編時代小説です。
本書は、木挽町の近くの三十軒堀にある、「菜や肴が旨い、うどんはまあまあ、そして、蕎麦が不味い」蕎麦屋として噂の「恵比寿蕎麦」をやっている銀太、そしてその弟である秀次、それにこの兄弟の幼なじみである貫三郎こと北町奉行所・吟味方与力助役の及川吉右衛門が中心となって活躍する物語です。
この「恵比寿蕎麦」は、恋女房だった“おかる”が茹で過ぎの柔らかくなった蕎麦が好みだったらしく、銀太の茹でる蕎麦はどうしてもおかるの好みの茹で具合になるのだそうです。
ある日貫三郎が、質屋の「亀井屋」に押し入った盗人を捉えたものの、犯人とは思えないと言う。
後日貫三郎が、先日捕物の声と共に「恵比寿蕎麦」に飛び込んできたものの、兄弟の説得の末に店を飛び出ていった加助という子供を捕まえてきた。
話を聞くと、加助の大切な人の偽造された借金の証文が、何の関係も無い「亀井屋」にあるので取り戻しに忍びこみ、その後に「恵比寿蕎麦に」逃げ込んだというのだった。
ところが、「亀井屋」について調べ始めた銀太が何も分からないままに襲われるという事件が起きる。そしてその翌日には、店にいた誹名という女錠前師が、秀次が大番屋に引っ立てられたと知らせてきた。
本書の冒頭近く、凝った細工の鬢盥を持っている誹名という女錠前師が登場します。
この作者の『からくりシリーズ』と似た人物設定だと思っていたところ、この女にはいつも大福という猫が側にいて、「緋錠前」と呼ばれるからくり錠前を作るという描写に至り、これは『からくりシリーズ』のスピンオフ作品だと思いつつ読み進めていました。
しかし、そうではなく『錠前破り、銀太 シリーズ』の本文にも書いている通り、『濱次シリーズ』のスピンオフだと作者自身が書いていたのには驚かされました。
本書の主人公の銀太は、「恵比寿蕎麦」という蕎麦屋をやっていますが、元は盗人です。その詳しい事情まではまだ分かってはいません。
その銀太に、人たらしと言われるほどに人懐っこい性格をしている弟の秀次がいて、貫三郎という名の幼なじみである与力がおり、更に誹名という女錠前師も加わって物語は進みます。
本書では、貫三郎が、捕まっている男は真犯人ではないのではないかとの疑いを持った事件と、それとは別口の人助けの話とが絡み合い、銀太ら三人が、誹名の力も借りつつ真実を探り出す、ミステリー仕立ての痛快エンターテインメント小説として仕上がっているのです。
しかし、無条件に面白いというわけでもありません。まずい蕎麦という設定や、元盗人という銀太の来歴、それに本書での出来事が銀太の周りに限定されていて偶然が多すぎるなど、何となく消化不良の印象を持った小説でもありました。
しかし、読み進めるうちに、田牧大和という作家のテンポの良い文章のためもあってか、いつの間にか引き込まれ、続巻も読みたいと思っていたのです。
それは、『からくりシリーズ』や『濱次シリーズ』とリンクしている世界観、というだけではなく、銀太たちに敵対する組織としての「三日月会」という謎の一団の存在が明確になってくるなどの、エンターテインメントとしての仕掛けもうまく機能しているからだと思われます。
なんとなく、物語の世界全体としての動きが制限されているような嫌いはあるものの、やはり田牧大和の描く物語は面白いと言える小説でした。