高部 務

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新刊書

光文社

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1970年前後の新宿の街を舞台とし、当時の世相を色濃く反映した小説です。

しかしながら、青春小説として若者の内面の葛藤などが追及されているわけでもなく、勿論大きなイベントが起きるわけでもありません。つまり、エンターテインメント小説としてみた場合はあまり面白い小説とは言えません。しかしながら、当時の風俗をよく知る著者が、その目線で当時の雰囲気を再現しようとし、その試みはそれなりに成功してはいいます。その意味では当時を知る読者にとっては非常に懐かしい小説とは言えると思います。

本書の舞台である1970年頃の新宿と言えば学生運動とフーテンを抜きにしては語れません。勿論学生運動とフーテンという現象だけに限定されるものではありませんが、少なくとも当時の世相を示す大きな要因であったことに間違いはありません。藤圭子の「圭子の夢は夜開く」という不朽の名作を聞きつつも、高倉健の「唐獅子牡丹」に陶酔していた左翼学生もいたとかいないとか。そういう時代です。

私にとってフーテンと言えば永嶋慎二の漫画『フーテン』です。普通の学生であった私にはフーテンと呼ばれた人たちの日常は全く分からないのですが、この漫画でジャズと珈琲と非日常に生きるフーテンのイメージが出来上がりました。つまりは、永嶋慎二という漫画家の作りだしたフーテンという人種が私にとってのフーテンでした。

漫画と言えば、当時の学生の間で人気のあった漫画と言えば白戸三平の『カムイ伝』でしょう。社会の最下層で生まれたカムイと名付けられた下忍の、徳川幕府を頂点とする社会の矛盾に対する抵抗の物語、と言い切ればこの漫画の実相を間違って伝えることになりそうです。それほどに、エンターテインメント漫画として面白く、侍を頂点とする権力構造に対抗する主人公の振舞いが世の学生たちに大いに受け入れられたのです。白戸三平は『忍者武芸帳』も人気を博しました。

この傾向は高倉健の任侠映画を受け入れる下地と似たものがあるようです。後に菅原文太の『仁義なき戦い』が登場するまで、健さんの背中の唐獅子牡丹がものすごい人気でした。

こうした世相は、高橋和巳のような権力に対する個人の観点から人間の内面を深く考察した作品を発表されていた作家にも光を当てたようで人気がありました。ただ、私も含め、どれほどの人がこの作家を本当に理解して読んでいたかは疑問です。同時期にあの三島由紀夫もいました。三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊駐屯地で自らの命を絶ったのはこの数年後のことです。

本書は、そうした当時の世相を背景として、懐かしさとともに、私の知らない世界を垣間見せてくれる本ではありました。

[投稿日]2016年09月01日  [最終更新日]2016年9月1日
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