徒目付の山平伊太夫にかどわかされた南町定廻り同心樺山富士太郎を救い出したものの、下手人の伊太夫を取り逃がしてしまった湯瀬直之進。そんな直之進の前に、名刀の贋作売買を生業とする鎌幸が現れ、用心棒仕事を依頼してきた。名刀“三人田”を所有する鎌幸を付け狙う者の正体とは!?富士太郎かどわかし事件の真相が遂に明かされる!人気書き下ろしシリーズ第三十二弾。 (「BOOK」データベースより)
口入屋用心棒シリーズの第三十二弾の長編痛快時代小説です。
前巻では富士太郎の拉致事件が語られましたが、最後は犯人である徒目付の山平伊太夫には逃げられてしまったものの、山平伊太夫らしき死体が発見されたところで終わっていました。
采謙こと鎌幸は、待ち合わせ場所に来ない相手を不審に思いつつも、自分の隠れ家に帰りついたところを襲われてしまいます。そこで、鎌幸は身の安全を図るために直之進に用心棒を頼むのです。その襲撃の裏には、三人田という名刀の行方を追う黒崎欽之丞とその手先である袋先伝平という男の存在がありました。
直之進は鎌幸と共に三人田の写しをこしらえた三河島村の貞柳斎という刀工の元へ行きますが、そこでも何者かに襲われたため、鎌幸らを連れて勘定奉行配下の淀島登兵衛のもとへ連れていきます。
しかし鎌幸は藤兵衛のもとから抜け出すなど不審な動きを見せます。そこで鎌幸から詳しい話を聞き出すと、三人田という刀をめぐる猟官の企みが隠されていることが判明します。
一方富士太郎の家に賊が入ったものの、何も取られた様子はありませんでした。しかし、天井裏からほこりをかぶった帳面が見つかります。その帳面には、ある人物を陥れようとする痕跡が見受けられるのでした。
本書でも新しい学問所の話には入りません。変わらずに三人田という名刀をめぐる話が続きます。
前巻から続く富士太郎の父親の残したという帳面に隠された猟官運動に関わる謎も明らかになり、そこに直之進のもとに逃げ込んだ鎌幸という刀の贋作でひと儲けをたくらむ男の話が関わりを見せてくるのです。
しかしながら、この物語の筋立て自体は粗さが目立つことは否定できません。例えば、新たに見つかった首なし死体の身元が判明しなかったのですが、富士太郎が関わった途端に身元が判明したり、鎌幸が三人田という刀を盗み出した話を聞いていながらも若年寄が何もしないでいることなど、疑問符が付きそうな個所があります。
それでもこのシリーズを読み続けるのは、やはり鈴木節とでも言うべき文章のタッチや、物語の醸し出す雰囲気が気にいっているからでしょう。少々の筋立てに対する疑問は、登場人物らの活躍でどこかへ行ってしまいます。
山本周五郎や藤沢周平などという大御所たちの作品にはない、俗な面白さがあり、シリーズを読むのをやめられないでいます。