塩田 武士

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京都でテーラーを営む曽根俊也は、ある日父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われた録音テープの音声とまったく同じものだった―。(「BOOK」データベースより)

本書は、2017年の本屋大賞のノミネート作品にもなっているほどに人気の高い、長編の推理小説です。実際に、1984年から1985年にかけて関西方面で実行された、いわゆる「グリコ・森永事件」という多数の食品会社への脅迫等事件をモデルとしています。

大変な力作です。迷宮入りとなった「グリコ・森永事件」について緻密に調査が為され、その結果が再構成されて本書として結実している、そのことはよく分かります。だからこそ、本屋大賞にもノミネートされているのでしょう。

本書には、父の遺品の中に「ギン萬事件」の犯人を示す証拠かもしれないカセットテープやノートをみつけ、真実を知りたいと調査に乗り出す曽根俊也と、大日新聞の年末企画で「ギン萬事件」を扱うことになり、英検準一級を持っていることからロンドンでの取材を任されることになった、文化部記者の阿久津英士の取材という二つの流れがあります。

神戸新聞での将棋担当記者という経験をもつ作者の塩田武士は、当然のことながら本書の主人公の一人である阿久津英士に投影されているものと思われ、その取材時の記者の心象については、同じ文化部出身の記者としての経験が十分の反映され、臨場感に満ちたものだと感じ入りました。

「真実は時に刃になる。それが周囲の人間を傷つけてしまうこともある。」などの言葉は、作者の記者としての経験から出てきた言葉だろうと、特に印象的でした。

また、「ギン萬事件」の犯人の家族と目される曽根俊也や、事件追及の過程で出てくるもうひと組の犯人家族の物語は、単に「グリコ・森永事件」についての再構成というにとどまらない厚みをこの作品に与えています。

また、クライマックス近くになってくると、本書の持つサスペンス的印象が強くなり、物語に強く惹きつけられたものでした。

ただ、それまでの間、この物語を冗長に感じたことも確かです。

確かに、本書の成立する前提として、「ギン萬事件」(グリコ・森永事件)についての知識必要でしょうから仕方のない側面はあるとは思います。しかし、この二つの物語それぞれの流れで、もう少し簡潔に語ってくれれば、物語の世界に入り込めたのに、と感じてしまったのです。


本書のように、現実に起きた犯罪事実をもとにして書かれた小説はかなりの数にのぼると思います。

中でも映画化もされた名作としては、佐木隆三の書いた、第74回直木賞を受賞した『復讐するは我にあり』という作品が最初に思い出されました。この作品は、1963年10月から翌年の1月に逮捕されるまでの間に、5人を殺害した西口彰事件をモデルに描かれた小説です。

そして、今村昌平を監督とし、今は亡き名優の緒方拳主演で作成されたこの映画は1979年4月に公開されました。私がこの作品を最初に思い出したのは、第22回ブルーリボン賞や第3回日本アカデミー賞作品賞を受賞したこの映画を覚えているからです。緒方拳という役者の素晴らしさが光った映画でした。


また、近年公開された『悪人』という映画も素晴らしい出来栄えの作品でした。この作品は李相日監督のもと、妻夫木聡と深津絵里という役者さんを得て映画化され、最優秀作品賞こそ「告白」になりましたが、その他の第34回日本アカデミー賞各賞を総なめにしました。

この映画は、主演男優賞を受賞した妻夫木聡の演技もさることながら、主演女優賞を受賞した深津絵里という女優さんの演技には驚かされたものでした。

原作は吉田修一の『悪人』という作品で、第61回毎日出版文化賞と第34回大佛次郎賞を受賞しています。また2008年度本屋大賞第4位にもなっているのですが、この作品も私は読んでいません。


他にも、角田光代の『八日目の蝉』という作品もあります。1993年12月に起きた、いわゆる日野OL不倫放火事件をもとにした小説だそうですが、現実に起きた実際の事件とはかなり異なる内容のようで、現実の事件は幼子が二人も死亡する悲惨な事件だったようです。

ただ、この作品を原作とする映画「八日目の蝉」も見事でした。井上真央と永作博美、小池栄子という三人の女優それぞれが素晴らしかった。この映画も第35回日本アカデミー賞を総なめにしていますね。

結局上記の三作品共に、私は原作を読んでいません。全部映画だけです。できれば原作も読んでみたいとは思うのですが、次から次に読みたい本が出てきますので、なかなかそれもかなわないことのようです。

他にも、 高村薫の『冷血』や『レディ・ジョーカー』、桐野夏生の『OUT』、それに 野沢尚の『魔笛』などの多くの作品があります。

現実に起きた事件、そこには普通ではない人間ドラマがある筈で、それを描き出すことが人間そのものを描き出すことに通じているものだと、創作者は思うのでしょうか。そして、同じクリエーターとしての映画人もまた、同様の想いからこれらの原作を映像化するのでしょう。

[投稿日]2017年09月08日  [最終更新日]2017年9月8日
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