下村 敦史

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ヒマラヤ山脈東部のカンチェンジュンガで大規模な雪崩が発生、4年前に登山をやめたはずの兄が34歳の若さで命を落とした。同じ山岳部出身の増田直志は、兄の遺品のザイルが何者かによって切断されていたことに気付く。兄は事故死ではなく何者かによって殺されたのか―?相次いで二人の男が奇跡の生還を果たすが、全く逆の証言をする。どちらの生還者が真実を語っているのか?兄の死の真相を突き止めるため、増田は高峰に隠された謎に挑む!新乱歩賞作家、3作目の山岳ミステリー!(「BOOK」データベースより)

本書の主人公である増田直志は兄謙一をヒマラヤ山脈東部のカンチェンジュンガで発生した雪崩によって失ないますが、兄の残したザイルには人為的な切り込みがあったのです。ところが、兄を奪った雪崩からの生き残りが二人も生還します。そして、生き残りの一人は兄たちの登山隊に見捨てられたと言い、他の一人はそうではないと言います。

何故兄は死なねばならなかったのか、直志は女性記者の八木澤恵利奈と共に事の真相を探り始めます。若干の混乱を感じながらも、ミステリアスに進む物語に惹きこまれ、最後まで緊張感を持って読み終えることができました。

本書を書かれた下村敦史氏は、『闇に香る嘘』によって乱歩賞を受賞された作家さんで、乱歩賞作家の手による山岳小説との謳い文句に魅かれて本書を読んだのです。

その思いは裏切られることはなかったと言えると思います。若干、状況や人間関係が錯綜していて分かりにくくなりかけた思いもありますが、貼られた伏線は丁寧に回収されていて、作者の筆力もあってか途中で感じたほどには読みにくさはありませんでした。

ただ、本書には兄謙一の恋人である清水美月、今の直志の恋人である風間葉子、そして探偵役である八木澤恵利奈という三人の女性たちが登場しますが、主人公の増田直志がそのそれぞれに心惹かれていくのです。この恋模様はなくてもよかった気はしました。

本書の舞台となるカンチェンジュンガは、世界第3位の標高を持ち、チベット語で「偉大な雪の5つの宝庫」の意味を持つ山だそうで、壮大さは比類がないとありました。(ウィキペディア : 参照 )

実際は本書での山の描写の比重はそれほどには重くはないのですが、それでも冬の白馬やカンチェンジュンガの描写は迫力があります。著者は本格的な山は素人だと言うことなので、かなりの資料を読みこみ、想像力で補われたのでしょう。

山を舞台にしたミステリーと言えば、笹本稜平が思い浮かびます。エベレストの山頂近くで人工衛星の落下の場面に遭遇した主人公のヒマラヤ山中での死闘をえがいた『天空への回廊』などを始めとして、ミステリーというよりは人間ドラマを描いた作品が多いとは思いますが、山の描写では他の追随を許さないと思われます。

そしてもう一人、山と言えば新田次郎を外すわけにはいきません。実在の登山家である加藤文太郎をモデルに書かれたフィクションである『孤高の人』や、石原勇次郎主演で映画化もされた富士山測候所に台風観測のための巨大レーダー建設するを描いた『富士山頂』など数多くの作品があります。
こちらもミステリーではなく人間ドラマを描いた作品ばかりですが、是非一読の価値ありの作品ばかりです。

[投稿日]2017年04月10日  [最終更新日]2017年4月10日
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