佐々木 譲

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文藝春秋

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13年前に札幌で起きた娼婦殺害事件と、同じ手口で風俗嬢が殺された。心の痛手を癒すため休職中の仙道は、犯人の故郷である北海道の旧炭鉱町へ向かう。犯人と捜査員、二人の傷ついた心が響きあう、そのとき…。感激、感動の連作小説集。(「BOOK」データベースより)

オージー好みの村 /  廃墟に乞う / 兄の想い / 消えた娘 / 博労沢の殺人 /  復帰する朝

本書は警察官が主人公の物語です。しかし警察官ではあるものの組織としての警察が動くのではなく、個人としての一人の男の物語が収められた連作の短編小説集で、第142回直木賞を受賞した作品です。

著者は、日本では探偵を主人公にした作品は成立しにくい、ということで警察官ではあるものの休職中という設定にしたと語っておられます。これは、矢作俊彦の小説の『二村永爾シリーズ』にならったらしいのです。この作品はまさに一昔前のハードボイルドという言葉のイメージ通りの人物設定であり、なかなかに取りつきにくい小説でした。

(ちなみに、右の書籍イメージに掲げている『ロング・グッドバイ』は、二村永爾を主人公にしたシリーズの第3作で、2004年度の日本冒険小説協会大賞に選ばれています。)

それはさておき、本書は私の好みに見事に合致した作品でした。物語の湿度が低く、また派手なアクションがあるわけでもありません。読み終えてから心のどこかにストンとはまり落ち着いている余韻を楽しむ、そんなことができる作品にはなかなか出会えるものではないのですが、本作品はまさにそのような物語でした。

そういう意味では上記の『二村永爾シリーズ』はまさにチャンドラーであり、本書『廃墟に乞う』とはかなり世界が異なります。

全部で六編の短編からなっている本書です。どの作品もいわゆる巻き込まれた事件ではなく、「博労沢の殺人」を除き、知人からの助けの要請に応じ出かけた主人公の仙道が、事件の隠された真実を暴き出すという物語です。「博労沢の殺人」にしても、新米捜査員であった頃に迷宮入りした事件の容疑者であった男が殺された事を知った主人公が現地に行く物語です。

つまり、普通の人が事件に遭遇してそこでストーリーを展開するのではありません。著者自らが語るように「自分の刑事の経験と、その人脈をフルにつかって、北海道のさまざまな街に登場」し、事件の真実を露わにし、そこに隠された人間模様を暴き出すのです。

そこでの主人公のあり方が読み応えがあります。依頼者や捜査対象者の生活に過分に踏み込むことなく、現地警察官とも衝突せずに、逆にアシストしながら真実にたどり着きます。あくまで第三者としての立ち位置で事件を見つめ、言葉の裏を読み説くのです。

第一話「オージー好みの村」はオージー(オーストラリア人)の友人を助けて欲しいという友人の依頼に応える話であり、導入編というところでしょうか。個人的には普通です。

でも表題作の第二話「廃墟に乞う」は、今はさびれてしまっている荒涼とした炭鉱の町の描写が心に残ります。この町の描写こそが主人公仙道の、そして犯人に通じる心象なのでしょう。

第三話の「兄の想い」はオホーツク沿岸の漁師町に暮らす朴訥な男たちの物語であり、第四話の「消えた娘」は、娘を思う父親の姿が浮き彫りにされています。その後に「博労沢の殺人」で家族を、「復帰する朝」で女の持つ怖さ描かれていますが、個人的には第二話が一番で、次いで第三話というところでしょうか。

様々な人たちの思いを受けて依頼に応える仙道の姿は、この作者の描くもう一つのハードボイルドタッチの物語『制服捜査』などとも異なります。この作品は保安官小説と評されており、駐在の川久保篤の力量こそが見せ場になっています。それに対して本書『廃墟に乞う』の仙道は私立探偵であり、独り静かに情景を、そしてそこで行われた事件を見つめているのです。

出来ればシリーズとして続編を読みたいところですが、残念ながら今のところその気配はなさそうです。

[投稿日]2017年12月20日  [最終更新日]2017年12月20日
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