『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』『きつねのはなし』代表作すべてのエッセンスを昇華させた、森見ワールド最新作!旅先で出会う謎の連作絵画「夜行」。この十年、僕らは誰ひとり彼女を忘れられなかった。(「BOOK」データベースより)
家を出た中井の妻を迎えに行った尾道という町で出会った不可思議な出来事。
「第二夜 奥飛騨」 武田
武田他三人の飛騨旅行で出会った、ミシマという女の「二人にシソウが出ている」という言葉の意味は。
「第三夜 津軽」 藤村
藤村夫妻と小島の三人で行った津軽への旅で起きた不可思議。
「第四夜 天竜峡」 田辺
豊橋へと帰る途中で出会った佐伯はそこにいた女子高生が岸田を殺したと言いだした。
「最終夜 鞍馬」
10年前の長谷川と同様に、久しぶりに集まった仲間たちがいなくなってしまう。しかし、・・・。
始めて読んだ森見登美彦氏の作品でした。そのためなのかどうかは分かりませんが、とにかくよく分からない、それでいて独特の魅力を持ったホラー作品でした。2017年本屋大賞候補作であり、また第156回直木賞候補作でもあります。
鞍馬の火祭を見に来た際に仲間の一人である長谷川という女性が行方不明となって十年。五人の仲間が久しぶりに集まって昔語りをするのです。
どの話も、物語に結末らしい結末が見えず、それでいて岸田道生という画家の「夜行」という一連の作品に焦点があたっています。しかし、それぞれの話の関連性はそれだけで、一体何を語ろうとしているのかよく分からないまま読み進めることになります。
そして、どことなく座りの悪いまま、五人それぞれの話は、それぞれの話をしている現在とどのように関連しているのかなどの疑問はありつつも、何ら手がかりのないまま、いや岸田道生の「夜行」という手がかりしかないまま、最終話へとなだれ込んでいきます。
その最終夜の「鞍馬」の話で、前提であった筈の現在が前提ではなくなり、この物語全体が、岸田道生の「夜行」という絵画を中心とした、計算され尽くした世界へと移行し、一気に異なる物語へと変貌してしまうのです。
だからといって、それぞれの話で感じた疑問点が解消したのかといえば、そういうことはありません。結局、この物語自体が不安定なまま落ち着いてしったという感じなのです。
本書が私の好みかと問われれば諸手を挙げて賛成とまではいきませんが、本書が2017年本屋大賞と第156回直木賞それぞれの候補作となったのもそれなりに納得する作品でした。この不思議な世界感にはもう一度会ってみたい気はする、そういう物語です。
本書の印象からは、乙一のホラー作品を思い出していました。彼の作品はまだ『平面いぬ。』しか読んだことはないのですが、日常の中の非日常といっていいものか、ダークファンタジーとも言うべき印象の作品でした。「せつなさ」という言葉で表現されることの多い作家さんらしいのですが、確かに心の隙間にそっと忍びこんでくる、やるせなさや哀しみを感じさせられた作品でした。
そしてもう一点、ホラーではない作品なのですが、第157回直木賞受賞作である、佐藤正午の『月の満ち欠け』という作品を読んでいたとき、本書を思い出していました。
テーマも内容も全く異なる両作品なのですが、日常の生活がいつの間にか非日常の生活に移行しているという一点においてその類似性を感じたようです。