本書『海よ かもめよ』は、紀之屋玉吉残夢録シリーズの第三弾となる長編の痛快時代小説です。
本書での玉吉は、まさにハードボイルド小説の主人公としての存在が色濃く描かれていて、楽しく読むことができました。
ここは下総ばんげ浜。かつて鰯漁で栄華を極めたこの浜に玉吉がやってきたのにはわけがあった。江戸で残忍このうえない強盗を働いた一味がばんげ浜に逃げ込んだと知れたからだ。こたびの追跡行は北町奉行所与力・中島嘉門の裏の命がきっかけとなったのではない。連中に兄を殺された小僧万吉のたっての望みに応えるためだ。折しも、久方ぶりに大漁に恵まれた浜は網元同士の対立もあって殺気立っていた。強盗一味はどこに潜り込んだのか。深川の幇間玉吉の、たった独りの危険な探索が始まった。大好評シリーズ第三弾!(「BOOK」データベースより)
今回は江戸の町を離れ、下総での活躍する玉吉の姿が描かれます。それは捕物帳の主人公ではなく、黒沢映画「用心棒」での椿三十郎にも似た風来坊としての活躍なのです。
寒村に現れた風来坊が対立する二つの村の間に入ってかき回し、村内の女との色恋沙汰もありつつ子供たちを助け、ヤクザものを相手に大立ち回りします。
まさに下総の寒風吹きすさぶ寒村にふらりと現れたヒーローが活躍する時代劇ハードボイルドです。
よくある展開ですが、九十九里浜近在の鰯漁で生計を立てている漁師たちのありようをも良く書き込んであります。
それは、つまりは物語の舞台背景を丁寧に書き込んであることを意味し、物語が平板化せずに読みやすく、面白い活劇小説として仕上がっているのです。
第一巻で感じたハードボイルドタッチという印象は、もちろん物語の雰囲気の話ではあるのですが、本書『海よ かもめよ』ではまさにハードボイルドそのものの物語になっています。
幇間としての玉吉ではなく、ひとりの渡世人である玉吉になっているのです。
それでいて、深川の幇間である筈の玉吉が下総まで来て村同士の対立に首を突っ込んでいるのか、という背景説明もきちんと書き込まれています。
加えて、下総にいる玉吉という設定のなかで、「関八州」が無法地帯となっている理由という時代背景も説明されていて、物語の世界が違和感なく成立しています。
このような細かい書き込みが出来ている小説は読んでいて心地いいものです。読み手は違和感を感じることなく安心して物語世界に没頭することが出来ます。
ただ、加世田の楢吉が雇っている大江という浪人者の存在がいわくありげであるわりにはしりすぼみだったり、奥畑村の砂子屋藤兵衛という組頭がこれまたはっきりしない描かれ方だったりと、気になる個所はありますが、それも私が個人的に思うだけのことでしょう。
しかしそうした難癖は無視して何も問題はなく、本『紀之屋玉吉残夢録シリーズ』は掘り出し物だとあらためて思いました。