井上 荒野

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本書の惹句の言葉を借りるならば、「繊細で官能的な大人のための恋愛長編」ということになります。個人的には苦手なジャンルではあるのですが、直木賞受賞作ということで読んでみました。読後に知ったのですが、この作家は井上光晴の長女なのだそうです。言い古された言葉ですが、やはり血は争えません。

九州のとある離島の小学校で養護教諭をしているセイは、画家である夫と平凡な日常を送っていた。そこに「人生に倦(う)み疲れたようなたたずまい」をみせる、石和という新任の教師がやってくる。セイは、そんな石和に次第に心惹かれていく。「二人の通じ合う際の何気ない所作が」「性よりも性的な、男と女のやりとり」を醸し出す。(括弧内の文言は’あとがき’を書いている山田詠美氏の表現です。)

全体としてみると、女の心の動きが理解できない、としか言えない物語でした。主人公のセイについてはまだしも、登場人物のひとりである月江という奔放な女の行動は全くと言っていいほどに分かりません。本土さんと言うあだ名で呼ばれている妻子ある男と暮らしている女性なのですが、その行動は常に突飛です。主人公から心配げな目で見られているところからすると、女性の目から見ても危なっかしい女なのでしょう。ということは、男の私が理解できないのも当然なのかもしれません。

とはいえ、この作家の文章には惹かれます。苦手な恋愛小説という枠を越えて、読み手の琴線に触れる香気を感じるのです。

かつて「かほりたつ、官能」というコピーに惹かれ見た「髪結いの亭主」という映画を思い出してしまいました。私のスケベな思いとは異なりベッドシーンもない映画でしたが、その映像の美しさはいまでも心に残る、パトリス・ルコント監督の名作でした。

少なくとも本書に限れば、この作家の文章は全編を通して官能的なのです。なんということもない、普通の情景を描いている文章でさえ、官能の香りを放っています。だからと言って、エロス満載ということではありません。私のつたない文章力では官能の“香気”をまとっているとでも言うしかないのです。

似た雰囲気の作品を書かれる私の知っている作家さんとしては辻村深月氏がいます。こちらは日常生活の中の女の内面描写、というよりはどちらかと言うと非日常の側面を描かれているようではありました。

別な観点から見た、なんとも表現のしようない印象を持つ作家さんと言えば、近時ではは花村満月という作家さんがいます。この作家さんが持っているのは井上荒野氏とは対極的に、より直截的な“暴力と性”を振りまいている印象なのですが、これまた衝撃的でした。

いずれにしろ、この作家さんはいろいろな顔を持っていそうです。他の作品も読んでみましょう。

[投稿日]2015年09月03日  [最終更新日]2015年9月3日
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